作家・市川拓司の“世界”が詰まったアーバンジャングル。
グリーンをたっぷりと家に取り込む「アーバンジャングル」というインテリアスタイルが、昨今のトレンドになっている。それを文字通り体現しているのが、作家・市川拓司さんの自宅だ。植物たちが伸び伸びと葉を広げるその室内は、生物の不規則性が不思議な美しさを生む、人間にとっても居心地の良いサンクチュアリだった。
- 市川 拓司(作家)
- いちかわ・たくじ|2002年に「Separation」でデビュー。2003年に発表した「いま、会いにゆきます」は140万部のベストセラーとなり、映画・テレビドラマ化もされ大人気に。著書に『恋愛寫眞―もうひとつの物語』『そのときは彼によろしく』『こんなにも優しい、世界の終わりかた』など。
- Instagram -@takuji_ichikawa
有機的に繋がる植物のサンクチュアリ。
入った瞬間、家の中にはジャングルが広がっていた。
鉢植えだけでなく、天井から吊られているものも多く、縦横無尽という言葉がぴったりくる。空気が良い、というのが体感的な第一印象だ。
それぞれのグリーンたちが二酸化炭素を吸収し、同時に酸素を供給している。通常の空間より酸素濃度が高いのは当然といえば当然の話。
「この空間に居たら頭も冴えると思いますよ。下手な空気清浄機を入れるよりも効果は高いと思います」と市川さんは笑いながら話す。
30畳ほどのリビングの窓側、約3分の1をグリーンが占めている。
天窓からは燦々と日光が降り注ぐこの空間はまさに植物ファースト。サンルームの床はタイル張りにして気兼ねなく水やりができるようにしている。
「最初の頃は椅子とテーブルを置いて、ここで寛いでいたりもしたんですが、植物に駆逐されちゃいました」
リビングの床も、船のデッキに使われるような水に強いチーク材を敷いて万全の態勢。水で濡れればムラになったりもするが、それも味だと割り切っている。
リビングからサンルーム、庭、そして外構とそれぞれの場所に植物を置くことでレイヤーを作り、奥行きを見せているのが市川さんの一番のこだわり。
「どこまでが中で、どこからが外かわからない空間にしたかったんです」と語るとおり、屋外までひと繋がりの空間に見えるよう、巨大なガラス戸を特注するなど苦心したのだとか。この家にいると住宅街のど真ん中にいることを忘れてしまいそうになる。
この“ジャングル”を作り上げる構想は、家を建てるときから練っていた。
「植物を育てるのは子供の頃から好きでした。以前はアパートに住んでいたので、観葉植物を本格的に育て始めたのはこの家に越してからです」
ただし高価なものは買わず、植物はたいていが2000円以下のもの。いわゆるコレクターではなく、育てるということを重視しているという。
植物が伸び伸びと成長していくことで、家そのものもどんどん変化していったと言う市川さん。建築直後はより都会的な印象だったとか。
「建てた当時は拍子抜けするくらい何もなかったです。その頃は和モダンみたいな要素も強かったんですが、今ぐらいになってしまうと、もうジャンル分けも不可能なくらいです」
植物の配置にしても、規則性はあえて持たせず、剪定も基本的におこなわない。そのスタンスから、観賞物ではなく、生き物として育てていることが伝わってくる。
「ただたくさんグリーンを集めて陳列するのではなく、有機的にそれぞれが混ざり合い、繋がりあっていることが重要だと思っています」
伸び伸びと花を咲かせる山野草たち。
中庭に面した部屋は一転して落ち着いた和モダンな雰囲気。もともと市川さんの父の居室だった場所で、建築当初の佇まいを残しているという。リビングのジャングルとはちょっと趣が異なり、ここでは山野草がメイン。中庭には移植したという父自慢のサルスベリの木があり、珍しいとされる薄桃色の花をつけていた。
「我が家でも一番閑静な場所かもしれません。グリーンがメインになってくるのも時間の問題かもしれませんが」
中庭に面したカウンターには、すでにグリーンがぽつぽつと進出中。
1万冊超えの蔵書も美しくレイアウト。
グリーンの次に目に入ってくるのは蔵書の多さだ。廊下や小上がりなどのちょっとしたスペースのいたるところに本が並び、その数は軽く1万冊を超える。
本棚や棚などは市川さんの手作りのものも多い。
「ちょっと安っぽい家具はぜんぶ僕の自作です」と市川さんは謙遜するが、とんでもない。
自分のサイズ感にアジャストされたそれらの家具は、仕立てた服のように家にフィットしている。
聞けば祖父は大工の棟梁。叔父は東宝の大道具担当。
「だから血ですね。子供の頃からモノ作りが大好きでした」
寝室にも本棚がずらり。上から文庫、中型本、大型本がぴったり収まる作りの、珍しい形のものは自ら作ったものだという。
「こういうものが欲しい、から作り始めるので、市販品にはない形のものが自然と増えますね」
足元のプラスチックケースの中にはコウモリラン。これは胞子から育てている。湿度100%という完璧な環境下で育てているから成長も驚くほど早い。
「覆い被さるように別の植物が生えちゃっていますよね。これは植えたつもりはないんですが、どこからか胞子が飛んできて勝手に育っているんです」
奥にあるベッドには自分で染めたという藍染めの天蓋。
「人間は青に囲まれるとよく眠れるらしいんです。僕が原作の「私小説」というドラマでも再現されていた場所ですね。まるで夜の森の中に居るような雰囲気ですよ」
趣味の道具でぎっしりの仕事場。
書斎は小説家の仕事場というイメージからかけ離れている。ハンダごてや、各種工具などモノ作りの道具がズラリと並ぶ。なにかの研究室のような雰囲気だ。
部屋の隅には、専用のケースを自作して、湿度が必要な植物たち(アロイド)を中に入れている。ケースの扉は写真立てのフレームを再利用したものだ。
モノ作りは家具だけに留まらない。家のいたる所を照らす3ワットの小型ライトも市川さんの自作だ。LEDの基板だけ取り出して、ハンダ付けしたもので、家中に20個くらいある。
「こういうのって欲しくても売ってないんですよ。なんだったら光だけが欲しいくらいなので、ライト自体が主張しないものということで自作しました」
他にも、リアルに動くオオコウモリの模型、転がりオモチャ(マーブルマシン)など、自らの手で作り上げたものたちがそこかしこに置かれている。リビングに鎮座している鉄道模型(Nゲージ)は小学生の頃から始めたというし、アクアリウムも30年間続いている趣味だ。
「消費する人と生産する人の2種類が居るとしたら、僕は生産する人でいたいんです。作って、育てて、本当は服も自分で縫いたいくらい」
そう語る市川さんの背後では、ポトスパーフェクトグリーンがツルを伸ばし、デスク周りに絡みついている。これに限らずどの植物も園芸用品店などで見るものとは異なり、ワイルドだ。
「どこまで行くのかは、もう植物まかせです。植物の意志優先。あと10年もすれば、ここもジャングル化するんじゃないかとワクワクしています」
作家による、家という表現形態。
室内に負けず劣らず、外観もインパクト大。外から見るとまるで森のようだ。外構のワイヤープランツたちによって建物が見事に覆い隠されている。
「当初は2mくらいに設定していたんですが、想定より元気よく育ってしまい。3mくらいになってますよね」
駐車スペースには線路に使われる枕木が敷き詰めてある。
「オーストラリアの枕木で、日本ではレアなものらしいんですが、例に漏れず植物に浸蝕されてきてますね。こうなるとクルマを停めるのも気が引けます」
どこまで行っても植物ファースト。春にはさまざまな花が咲き乱れ、軒下には稀少なニホンミツバチが巣を作ったこともあるという。多くの鳥たちも毎年巣作りにくる。
「建てるときに最初に決めたことがあるんです。ここが避暑地と思えるような家にしたいと」
「精神的に世界一ゴージャスな引き籠もり部屋と呼んでます」と市川さんは笑うが、たしかにここなら家の中で生命の循環を感じることができる。
「住む人間も含めてひとつの生態系を作りたいんです。最終的にはもっと植物を増やしていき、自然本来の姿に近づけられればと思っています。家は小説同様、自分の頭の中を表現できるものだと思うので、この家自体が僕の代表作になったら素敵ですね」
育て、育って行くこの家は、市川さんとグリーンが完全なる調和を迎えたときに、きっと真の完成形を迎える。
- Photo/Yuya Wada
- Text/Takashi Sakurai
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