加賀美 健の在宅ヒーリング。
家で過ごす時間が長くなったことで、ストレスを抱えるようになった方も多いはず。そんな中でも健康的でいるにはどうしたら良いのかと、話を聞いたのは現代美術作家の加賀美健さん。シリアスになることなく、自由気ままな日常を送るためのユーモア溢れる在宅でのヒーリングの術とは?
- 加賀美 健(現代美術作家)
- かがみ・けん|1974年、東京都生まれ。現代美術作家。国内外の美術展に多数参加。彫刻やパフォーマンスなど、さまざまな表現方法で社会現象や時事問題をユーモラスな発想で変換した作品を発表している。
- Instagram - @kenkagami
自宅に隣接するアトリエは、ショップさながらのガラクタまみれな空間。
国内外の美術館やギャラリー、あるいは人気ファッションブランドのTシャツや自身のInstagram……。加賀美さんのキャンバスは実にさまざま。そうした神出鬼没な作品発表の場もさることながら、ユニークでありながら皮肉の効いた作風は現代美術作家である彼の代名詞でもある。
「昔から人間観察とか散歩が好きで、なんてことのない日常で垣間見える、ちょっとした違和感とかクスッと笑える瞬間を切り取るのが好きだったんです。あとは変な物を集めるのも好きなんですよね」
「僕が運営しているストレンジストアにも変わった雑貨は沢山ありますが、それでもお店に並びきらないものや個人的にコレクションしたいものは、基本的に自宅の隣の部屋にあるアトリエに保管しているんです。娘は夜になると怖がってあまり行きたがりません(笑)」
種々雑多な雑貨たちに囲まれたそのアトリエはまさに異空間。ガラクタばかりの子供部屋のようでもあり、田舎の風変わりな骨董品屋のようでもある。まるでその空間自体が、加賀美さんの人柄や作風を表す作品にみえる。
店舗への出勤以外は、このアトリエと隣接する自宅の行き来が普段の生活ルーティン。最近では家族と自宅で過ごすことが圧倒的に増えたと話す加賀美さんに、在宅時間をどのように過ごしているのか訊いてみた。
ソファに腰掛けて、足つぼマッサージが至福の時間。
「11年前にぎっくり腰になってしまったんです。頻繁に自転車に乗ったりと適度な運動をしていたんですが、歳のせいですかね。それからはり灸の接骨院や整体に通うようになって、マッサージに目覚めちゃいました」
そう言って、リビング脇から引っ張り出してきたのは足裏マッサージ機。いつもの位置に置き、ソファに腰掛け足を乗せる加賀美さん。至福の息抜きと言えるその時間にご満悦な表情。これぞ加賀美さん流のヒーリング方法なのだ。
「この足裏マッサージ機は、友達の家に行った時に初めて使わせてもらいました。使用感が最高だったので、調べてみたら野球選手のイチローがメジャーリーガー時代に愛用していたマッサージ機と同じメーカーのものでした。若石RMRローラーという商品なんですが、今では毎日使っていてもはや日課ですね。足だけじゃなく、手のひらとか脇とかもできるので、マッサージ好きな人にはおすすめです」
毎朝のルーティンは、鏡の前で仮装セルフィー。
そしてもうひとつの日課が、加賀美さんが自身のInstagramでも発信している仮装だ。毎朝起きるとアトリエに移り、バスルームでその日の気分に合った被り物や衣装を身にまとい、セルフィーで写真を撮り、SNSに投稿。この一連の作業を終えて、ようやく加賀美さんの一日が始まる。
「最初はなんとなく衝動に駆られて仮装してセルフィーで撮影していたんですけど、そのうちファッションのコーディネート感覚で被り物と衣装を合わせるのが楽しくなっちゃって。アイテムも沢山集めていたので、いろいろ試していくうちに気がついたら日課になっていました(笑)」
なんとなく気分が乗らないような憂鬱な朝でも、仮装というユーモアをひとつ加えるだけで頭をリフレッシュできそうだ。これが毎朝のルーティンとなったことで、無意識のうちにON/OFFの切り替えスイッチのような役割を担っていたのかもしれないが、本人はいたってマイペース。特に気にしたことはないと無邪気に笑いながら、この日の被り物についても語ってくれた。
「この日はなんとなく選んだカッパの被り物。メルカリで買ったものなんですけど、一般の主婦の方がお子さんのために自作したものらしく、デザインがかわいい。でもクオリティはめちゃくちゃ高いっていうギャップが気に入っています(笑)」
無心に、真剣に。娘との心のカンバセーション。
在宅時間が増えたことで大きく変化したのが、子供とのコミュニケーション。それは子供の成長期を見守ることができる貴重な憩いの瞬間でもあり、日常の出来事から創作のインスピレーションを受ける加賀美さんにとって欠かせない時間だ。
「消しピンっていう、机の上で消しゴムを指で飛ばして落とし合う遊び、知ってます? 僕の幼少期からあるゲームで、この遊びをよく娘とやるんですよ。消しピンをやっていると自分は自然と無心になれるんですけど、子供は意外と真剣で。どの消しゴムが強いか、どうしたら勝てるか。そんなことを大真面目に考えている。最近は攻略してしまって若干飽きているみたいですが、そうした子供ならではのイノセントな視点というか発想にはいつも驚かされるんです」
消しピン遊びだけではなく、部屋で相撲をとってみたり、子供が無作為に書いた絵を眺めていたりすると、ピュアな視点や新しい発見に気付かされることが大いにあると言う。そんなひとときこそが加賀美さんにとっての癒しであり、クリエイションの源になっているのだろう。
「娘が僕に書いてくれたお祝いのメッセージとか、上手に描けたイラストってうれしいから全部大切に保管しています。もちろん親バカなのもあるんですが、それ以上に学ぶことも多くて。例えば、我が家はゲーム機などを無闇に買い与えないんですが、娘は『ないなら作れば良い』という発想を持っています。ゲーム機を工作しているのを見て、子供ってすごいなって。キッチンとかおもちゃとか、なんでも作っちゃうんですから」
体育館のような自宅と雑多なアトリエの往復が、ONとOFFの切り替えに。
娘との時間も健康を保つための癒しのひとつのようだが、そんな加賀美さんは家族と過ごすための自宅に、どんなこだわりを持っているのだろうか。
「僕も妻も特別、インテリアへのこだわりとかはなくて、お互いに居心地の良さを優先させています。言うなら体育館のように広くて簡素で何もない空間。お店とかアトリエが雑多なので、その反動もあるのかもしれないですが、やっぱりメリハリが効きますよね。それとこだわりがないとはいえ、(自分の)アトリエみたいな自宅だと落ち着かないですから(笑)」
誰もが見落としてしまいがちな視点から生まれる、加賀美さんの唯一無二な作品たち。その着想源ともなっている自宅は、自身にとってヒーリングのための場所でもあるようだ。隣接しながらも隔てた空間にある自宅とアトリエとの行き来は、ONとOFFの切り替えだけではなく、大人と子供の感覚を往来しているようでもある。そんな空間づくりさえも、稀代の現代美術作家を形作っている、ひとつのヒーリング方法だと言えるのかもしれない。
- Photo/Dai Yamamoto
- Text/Yuho Nomura
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