- 細沼 ちえ(スタイリスト)
- ほそぬま・ちえ|2009年に独立。ファッションを主戦場に、インテリアやプロップのスタイリングもおこなう。2023年6月から香川県高松市にも住まいを構え、東京と行き来するように。知らない国に出かけ、現地の暮らしを送るのが好き。これまで16ヵ国程を旅した。
- Instagram - @chienuma
住まい選びは、直感だのみ。
「ここに住む以前に借りていた部屋は、ネットで流れてきた物件情報を目にしたとき、夢で見たことがあるような感覚になって。すぐ内見して、パッと決めてしまったんです」
とにもかくにも、彼女は直感に突き動かされる。住まい選びも、まずもって、ピンとくるかどうか。「なんか合うかも」「なんか合わないかも」という自分のフィーリングにしたがい決めたことは、結果、的中することが多かったという。反対に、利便性やコスパといったことを考えて決めると、ことごとくいい結果にならない。
この部屋に暮らしはじめたのは、2022年11月のこと。いわずもがな、直感だった。
「太陽が大好きなので、この大きなはめ込みの窓をひと目で気に入って」
取材時、窓からはたっぷり燦々と陽が差し込み、リビングにぽっかりと陽だまりをつくっていた。ダイニングテーブルにつくと、無垢の床がほんのりとあたたかく、さながらピクニック気分。そこはかとなく、こころの距離も縮まったような気がした。
ここに暮らしはじめてほどない、2023年6月、彼女は香川県高松市にもうひとつ部屋を借りた。発端は、2019年の瀬戸内国際芸術祭。気に入ってその後もその地へ通い続けるうち、暮らしてみたいとまで思うに至った。旅好きで、これまでさまざまな場所を訪れてきた彼女をして「部屋を借りよう」とまで思わせたのは、「なんとなく気持ちよかった」から。
「気候が地中海みたいなんです。それに、海も山も近くて、自然がすぐの距離にある。ご飯も美味しい。生活のイメージが湧いたというか」
極めつきに、タイミングよく、建築家の思想や理念に深い関心を寄せ気になっていた集合住宅に空きが出た。かくして、「もう行っちゃおう」ときっぱり決断したのだった。
家具は“組み替える”と、暮らしが地続きに。
決め手になった大きな窓を邪魔しないよう、ダイニングテーブルは低めにした。のみならず、ベッドも脚がない低めのタイプ。ソファはなく、チュニジアで買った「プフ」を使うか、直に座るか。
“暮らしの重心”を落とすことで空間を広く見せ、圧迫感を軽減する。それは、都会にありがちな狭小住宅におあつらえのアイデアかもしれない。
ちなみに、ダイニングテーブルは自作したもの。以前暮らしていた部屋ではウォークインクロゼットの棚として使っていた木板に、台をつけ、テーブルに組み替えたという。
また、ワンルームの空間の仕切りとして活用している有孔ボードと2×4材は、前の部屋ではデスク横に設置し文房具などの収納に、さらにその前の部屋ではキッチン脇の洗濯機置き場にあつらえていたとか。
そうして、買い替えるのではなく組み替える。それまでの暮らしをリセットするのではなく、地続きに。住みはじめてほどないとは思えないほど居心地がいいのは、だからだろうか。
ほうぼうで巡り合った、愛らしいモノたち。
日頃、洋服やインテリア、雑貨などをスピーディーに選び取り集めるスタイリストであるいっぽうで、仕事以外では、あまり能動的に選ばないのだという。「だから、こだわりとかあまりないですよ?」と、ちょっと申し訳なさげに笑う細沼さん。
「あのデザイナーの〜」や、「何年代の〜」などにはまるっきり興味を引かれず、むしろ、「じゃないの」が好きだと、よどみない。「ベルトコンベアに乗せられないように」と、なかば彼女は自分に言い聞かせるように言った。
「もちろん仕事上、流行も気にします。でも、できるだけ流されないように。たとえば冬だからこそ色彩豊かなコートを着るとか、それだけで、まわりの空気もパッと明るくなります。服も部屋も、自分らしさを大切にしたい。だれだって、そうすると楽しいはずなんです」
そう言い切れるのは、ほかでもなく彼女自身が、そうしたモノ選びを心底楽しんでいるからに違いない。じっさい、この部屋にあるあれこれは、ほかで見たことがないような、愛あふれるものばかり。
“直感”に身をゆだね、巡り合いをぐいっとたぐり寄せる。そんな彼女のたおやかな信条が、部屋のさまざまなモノに息づいている。
また、旅先で見つけたモノも多い。チュニジアで交渉して買ったというラグや、ドバイの空港で時間をかけて選んだラクダ型の花器など、思い出もひとしお。そして高松で暮らしはじめてからは、向こうから持ち帰って部屋に置くモノも増えたという。
二拠点生活がもたらす新しいリズム。
ところで、細沼さんが建築家の思想や理念に惚れ込んで住みはじめたという高松の住まいは、山の斜面に沿うように建てられた集合住宅。人間に“過保護”すぎず、自然とまじわるようゆるやかに設計された住まいは、隙間風を感じることも、ダンゴムシが入ってくることもしばしば。自然も四季のうつろいも、すぐそばに感じられる。
「家づくりの考え方に共感したのもそうですし、『世界にそこだけ』と思うと、一回住んでみたくなって」と、あくまで自分軸で選んだのが、彼女らしい。
もうひとつの拠点をもったことで、しかるべく、東京での生活にも新しいリズムやサイクルが生まれたそうで、「ダラダラ仕事をしなくなったし、朝は散歩して夜は早く寝るようになりました」と、メリハリのある暮らしを楽しんでいる様子。
そう思うと、ここまでの聞いた話で、彼女の住まいづくりの“半分”。“もう半分”を聞きに、いつか高松を訪れるのが楽しみでならない。
- Photo/Sana Kondo
- Text/Masahiro Kosaka(CORNELL)
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