
アートと暮らしが溶け合うイラストレーターの住処とアトリエ。
アーティストが創作に打ち込む場は、クリエイティブに溢れていることが多い。なぜなら、その場にあるものや、見える景色が、作品へ与える影響が少なくないからだ。今回紹介する家は、イラストレーターとして活躍する黒田愛里さんの自宅とアトリエ。その場所も例に漏れず、黒田さんの創作意欲を刺激する、アートと色がいっぱいの家だった。

- 黒田 愛里(イラストレーター)
- くろだ・あいり|1989年生まれ、東京都出身。東京工芸大学芸術学部を卒業後に、イラストレーターの道へ。雑誌や書籍、商業施設や百貨店の広告のほか、国内外のアパレルメーカーとのコラボレーションなども多数。同じくイラストレーターとして活躍する、2023年に結婚した西山寛紀さんと2人暮らし。
- Instagram - @kurodaairii
2つの感性が混ざり、調和する。
夫妻2人とも自宅でイラストを描くため、この住まいは2人の住処でありアトリエ。アーティスト夫妻ということもあり、家の中はアートと、こだわりの家具に溢れている。
目に入る場所すべてにアートがあり、色彩があり、創作意欲を刺激するものばかりが置かれている。それも全部、センスよくうまくまとめられ、さすがは芸術を生業とする夫妻の住まい。
黒田さんがこのマンションに越してきたのはいまから2年前のこと。1984年築の3LDKだ。引っ越しを決めた理由をこう語る。
「もう40年も経っている家なので一般的には古い部類かもしれないですが、要所の作りがレトロでかわいいんです。部屋の扉の上にある小さな通気口であったり、出窓もですし、キッチンの扉なんかもそう。最近の建物にはないかわいさがあるんです」
キッチンへ繋がる入口もアーチ状になっていて、部屋にメリハリをつけてくれている。令和の時代に置いて、家の作りにアールが組み込まれている家はそう多くない。
マンションに限っては、近年はコストや効率を考えて、どんどん画一的な作りになってきた。けれど80年代あたりに建てられたマンションは、それぞれに個性があって、いまでは考えられないディティールがあったりする。ある人にとったら「無駄」に思うかもしれないけど、黒田さん夫妻にとっては、それが「魅力」のひとつになっている。
広さも決め手のひとつだったという。大量の作品を保管しなければならず、ひと部屋はそのためだけに割り当てられている。
飾っている絵の色を、現実に落とし込む。
イラストレーターという職業からわかる通り、2人ともこだわりは強い。だけど趣味は似ている。「インテリアの趣味にいたっては、本当にばっちり」だと西山さんは言う。
ではまず、2人がもっとも多くの時間を過ごすリビングから見ていきたい。
カラフルなもので溢れているのだけど、うまくまとめられているこの空間。実は、厳密なルールがあって、それが実にユニークだ。
「この絵は、友人のイラストレーターの作品です。個展に行って購入したもので、2人とも気に入っているんですけど、実はここに置いてある家具たちは、この絵で使われている色を拾っているんです」
黒田さんの言葉の通り、ブルーの印象的なソファをはじめ、観葉植物の緑、ライトのオレンジなど、たしかに絵の中の色が家具の色になっている。そうすることで、カラフルはカラフルでも、統一感が取れるというわけ。家の色使いで悩んでいる人は、ぜひ参考にしてみてほしい。
ほかにも、買ったあとに後悔したくないからと、フォトショップで合成することもある。スマホでリビングの写真を撮影し、購入しようとしている家具をリビングの写真に貼り合成してみる。なんともクリエーターらしいモノの買い方だ。ソファの下に敷いているラグは、その工程を挟み、海外のサイトから購入した。
ソファはあえて背の低いタイプにしているのだけど、その理由は壁を広く見せたかったから。2人の家は、アートギャラリーのように、ところ狭しと壁にアートが飾られているから、そこに背の高いソファとなると壁のスペースが削られてしまう。アートとインテリアのバランスをとるためには、こうした細かな計算も必要になってくる。
ちなみに、いま壁に飾られているアートは、友人のものや、黒田さん、西山さんそれぞれの作品、そして2024年に挙げた2人の結婚式用に描いた、黒田さんと西山さんの共同作品も飾られている。
これらのアートは無造作に飾られているように見えながら、先ほどの絵と家具の色のルールと同様に「近い色合いやテクスチャーを持ってきてあげることで、絵が浮かなくなる」と西山さん。このコツも覚えておくと、よりアートを家に馴染ませることができる。
そして、リビングにはテレビがない。
「やっぱりテレビがあるとなると、レイアウトの自由度がなくなってしまうんです。あと私、頻繁に模様替えをするんです。実家がそういう家庭だったので染みついてしまっているんですよね。その際も、テレビがあったら重たいし大変ですから」
黒田さんの手によって、模様替えは四半期に一度行っているという。そうすることで気分が一変し、マンネリすることもなくなるという。
家具選びの基準は「古くも新しくもなく、ずっと愛せるようなミニマルさ」があること。実際、60年代のヴィンテージ家具から現代のデザイン家具まで、時代を超えた家具の調和を、この空間からは感じとることができる。
「かわいい混沌」がキーワード。
リビングの奥にある部屋は、西山さん専用のアトリエ。
約6畳の空間に資料や趣味のもの、これまで手がけてきた作品などが置かれている。そのなかでも、特にお気に入りは、ヴィンテージのチェアだ。
「〈kevi〉のチェアなんですけど、これは1人暮らしの時から使っていて。最近までガタがきていたのですが、修理をして今も大切に使っています」
北欧デザインの金字塔として君臨し続ける〈kevi〉のチェア。1958年、デンマークの建築家ヨルゲン・ラスムッセンの手によって生み出されたこの椅子は、60年以上経った今なお、多くのデザイン愛好家を魅了し続けている。
世界で初めて「ダブルホイールキャスター」を採用し、軽量で安定感もある。1970年代には、アメリカの〈ハーマンミラー〉がライセンス生産を開始し、世界中のオフィスで使用される名作となっていった。中古市場でもその価値は高い。
このチェアをはじめ、リビングの家具選びに関しても言えることだけれど、機能や利便性以上に、この家はデザインをいかに大事にしているのかがうかがえる。
洗練されたデザインの家具に囲まれた空間は、自然と背筋が伸び、気持ちを整えてくれて、創造力を少しだけ増してくれるということなのかもしれない。
「かわいい混沌」とは、西山さんが自身の部屋を表現した言葉だ。
キーカラーのイエローを各所に配置しながら、厳選されたインテリアと雑貨、そして趣味のものが整然と並んでいる。そして、テクスチャーや時代感、ジャンルもバラバラ。まさにカオスなのだけど、イエローがそれらをうまく結合してくれていて、かわいさを演出してくれている。
カラフルな色がインスピレーションを与えてくれる。
ここまで黒田さんのアトリエは登場していないのだけど、実は、2人が住むマンションから徒歩数分のところに、それはある。自分だけの空間は、より自分らしく。好きなものに囲まれた華やかで明るい空間だった。
一面に広がるレモンイエローの壁面。そこに、自身のものや好きな作家の作品が貼られている。その目の前に長いテーブルが置かれていて、朝から晩まで、日がな一日制作に打ち込んでいる。
什器などもカラフルなものが多い。一際目を引いたのが、パキッとしたピンク色のラグだった。
「このラグは、先日の個展で作ったものです。たくさんの方に注文をいただいたんですけど、なにせ、めちゃくちゃピンクなので、みなさんの家にフィットしてくれることを願ってます(笑)」
黒田さんの作品は、いつだってポップで鮮やか。それに呼応するよう、ラグをはじめ作業場も華やかだ。「色からエネルギーもらう」という黒田さんの言葉の意味が、よくわかる。
「例えば、色のない空間でイラストを描くとなると、テンションやチューニングがかなり変わってくると思うんです。基本的には、個展では自分の部屋の空間に合うような作品を描いていたいし、作りたい。先ほどのラグもそうです。だから作業場は本当に大事にしているし、その空間作りが、自分らしさを保つためのひとつであったりすると思います」
生活感の出やすいエアコンも、自身のイラストを貼り付けてアートのひとつに昇華していたり、部屋と部屋を繋ぐシンプルな引き戸もアートを散らしていたりする。簡単なことで、無機質なものも有機的になり、温度を与えることができる。
黒田さんのアトリエと、夫妻の住まい。
創作に携わる2人だからこそ、色彩のルールや家具の配置にまで美的な思考を巡らせ、その結果として生まれた独創的な空間は、暮らしと仕事のヒントを与えてくれる。
住空間はそこに暮らす人の感性やライフスタイルを映し出す鏡。逆に言えば、家のものを徹底的にこだわり、ポジティブな色使いにすれば、おのずと心も引っ張られていく。そんな相関関係を感じられる住処であり、アトリエだった。
- Photo/Sana Kondo
- Text/Keisuke Kimura
POPULAR CONTENTS 人気記事
-
2024.01.22
春を呼び込む。フリークスハウスで家族も友人も笑顔になる、インテリアの衣替え。
-
2025.02.18
アートと暮らしが溶け合うイラストレーターの住処とアトリエ。
-
2025.01.27
金子渚が選ぶ、こだわり感じる心地よい空間|NICE LIFE SELECTION
-
2025.02.13
趣味や仕事に没頭できるワークスペース。家づくりのサンプリング5選。
-
2025.01.06
温もりと独特。アートのごとく唯一無二な、暮らしと制作の拠点。
-
2024.12.12
ミッドセンチュリーの時代に建てられた、アイクラー・ホームに憧れて。
ライフレーベル「私たちに
ついて もっと 知りたい…?そんなこと
言わずに 聞いてください…あきらめて
ハイって 答えましょうよ」