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大根 仁と食|忘れらんねぇよ、あの味。
FOOD & HEALTH 2022.02.21

大根 仁と食|忘れらんねぇよ、あの味。

食卓ではときにかけがえのないドラマがつむがれる。 小説『失われた時を求めて』の主人公は、紅茶に浸されたマドレーヌを口にしたことで、 同じものを食べた幼少期の幸せな記憶を思い出す。 そんな“味”をめぐる忘れられない3つの情景を、大根仁さんに語ってもらった。

INFORMATION
大根 仁(映像ディレクター)
大根 仁(映像ディレクター)
おおね・ひとし|映像系専門学校に在学中に制作した映像作品が堤幸彦監督の目に留まり、堤監督と秋元康氏の番組制作会社・SOLD OUTに入社。映画『モテキ』『バクマン。』『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』、大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』など数々の代表作を持つ。

将来に悩んでいた二十歳のとき、NYで食べたホットドッグ。

“忘れられない味”と言われてまず思い出すのは、二十歳のときにニューヨークで食べたホットドッグですね。
当時、僕は映像系の専門学校を卒業したばかりだったんですが、そこに講師として来ていたのがのちに師匠となる堤幸彦でした。その頃、彼はニューヨークに住んでいて、「遊びにこないか?」と誘ってくれたんです。それでバイトして貯めた金を握りしめ、新宿の雑居ビルにまだできたばかりのHISで、チケットを買いました。往復9万円だったかな。こうして僕は人生ではじめての海外旅行に行くことになったんです。当時(1989年)のニューヨークは今と違ってまだ危険なムードが漂っていたけど、ありとあらゆるカルチャーに満ち溢れていてめちゃくちゃ刺激的でした。毎日マンハッタンを歩き回って、いろいろな場所に行って、ここでは言えないような経験もして(笑)。3ヶ月くらいは滞在していたと思いますが、就職先は決まってませんでしたし、映像業界に行くかどうかも悩んでいたので、旅が終わりに近づくにつれて、将来への不安が襲ってきて。

そんなある日、ワシントンスクエア公園で1本1ドルの安いホットドッグを食べながら、「これからどうしようかな……」とぼんやり考えていたら、目の前から金髪のひょろっとした日本人がやってきたんです。よく見ると、なんと僕が大好きなTHE BLUE HEARTSの甲本ヒロトさんだった。驚いて呆然としていると、向こうも日本人がいると気づいたらしく、ニコッと笑顔を浮かべて見つめ返してくれて。その瞬間、思ったんです。「あれ?オレの人生、この先も大丈夫なんじゃないかな」って。ニューヨークでたまたま憧れの人と出会えたことで、何かに守られている気になれたというか。それで映像業界に入る決心がついたんです。
だから、あのとき食べていたホットドッグの味は忘れられないし、今もよく食べます。ただ、あんまり高級なのは興味がなくて、コーヒーチェーン店のものも、僕にはなんか立派すぎる(笑)。その点、ニューヨークで食べた味と値段に一番近いと思えるのは、IKEAに売っているやつなんです。気取りがない素朴な味ですが、それがいいんですよ。なにより1本100円っていうのが最高!パン、ソーセージ、ピクルス、フライドオニオンがセットになっているやつを買って、家でもよく食べています。

仕事が軌道に乗り始めた三十代後半、自宅で仲間と囲んだ鍋。

家で食べる料理では、昔から鍋が好きですね。まだ一人暮らしだった30代前半の頃は、祐天寺の家に友達を招いて、よく鍋パーティーをしていました。
当時は、ようやく自分なりに納得できる仕事もできつつあった頃。鍋パーティーに呼んでいたのも、そういう仕事を通して知り合った人が多かったですね。例えば、戯曲をドラマ化するという深夜ドラマ『演技者。』が縁で仲良くなった、劇団「THE SHAMPOO HAT」を主宰していた赤堀雅秋なんかがよく来ていました。あとはスチャダラパーのSHINCOくんとか、今でも親友のテレビディレクターの岡宗秀吾とか。どんなことを語り合っていたのかは……まったく覚えていませんが(笑)。たぶん大したことは話してないでしょう。ただ、食べて飲んでくだらないことを話す。それだけで楽しかった。
ちなみに、そのときの僕の部屋は、『モテキ』の幸世くんみたいに汚くはなかったですよ(笑)。たしかに物は多かったですし、その一部は幸世くんの部屋にも小道具として置かれていたりもするんですが、散らかっているのは嫌いなので。

それはともかく、その頃よく振る舞っていたのは、白菜とバラ肉のミルフィーユ鍋かな。簡単でおいしいですよ。最近は割とメジャーになっているみたいですが、当時はまだそんなにメジャーな鍋ではなくて。なんかのグルメ漫画で知ったんだと思いますけど。高校のときからずっと飲食店の厨房でバイトしていたので、料理は好きな方なんです。今は結婚して家族がいるので、最近は友達を呼んだりすることはなくなりましたが、冬になれば週1〜2ペースで鍋を囲んでいます。最近、なぜかどんどん豆腐が好きになっているんですよね。豆腐の分量がものすごい増えてる(笑)。歳のせいなんでしょうか。

仕事場で脚本を書きながら作った、大根仁流・牡蠣と春菊のパスタ。

今、僕には会社の中に専用の作業部屋があるんですね。昔は、他の社員と同じフロアにデスクを並べて仕事をしていたんですが、『モテキ』のあたりから演出だけでなく脚本も書くようになって、そうなるとみんながいるフロアでは集中できなくて。最初は会議室を占領していたんですが、資料は多いし、タバコも吸うから臭くもなる。それでスタッフに文句を言われて、あてがわれたのが北向きの陽の当たらない倉庫部屋。それが今の作業部屋なんです。

そうなるともう、自分の部屋みたいになるわけですよね。実際、ありとあらゆるサブカルガジェットがパンパンに詰まっていて、ソファも置いてあります。しかも、会社内には風呂もある。結果どうなるかというと、脚本を書き始めるといよいよ帰らなくなって、住み始める(笑)。
ただ、僕はこの業界の人にしては珍しく、出前とかコンビニ弁当とかをほとんど食べないので、食事は基本的に自分で作ってます。特に自信があるのは、パスタですね。高校時代には、地元のパスタ屋の厨房でもバイトしていたので、スタンダードなやつはそこで覚えました。ソースは季節によっていろいろなものを作ります。今の季節だったら、牡蠣と春菊のパスタですかね。にんにくとオリーブオイル、軽く塩コショウだけで味付けした、すごくシンプルなやつ。牡蠣の旨味が出てすごく美味しくて、原価も300円くらい。そういうものを食べながら、脚本を書いているわけです。

ちなみに、映画やドラマを作ることって料理に似ているなと思うんですよ。まずどういう物語にするかという脚本がある。これがレシピですよね。その物語を具現化する役者が材料。そして、それをスタッフたちが切ったり炒めたり煮込んだりして、最終的にひとつの作品=料理になる。だから、僕は料理が好きなのかもしれませんね。

  • Text/Keisuke Kagiwada
  • Illust/Sajiro
LL MAGAZINE