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愛すべきオーディオ沼の世界。音楽部屋から“ここではないどこか”へ。
ART & MUSIC 2022.04.15

愛すべきオーディオ沼の世界。音楽部屋から“ここではないどこか”へ。

音楽を聴くための音響機器に、徹底的にこだわる人たち。いわゆる「オーディオマニア」。スピーカー、アンプ、レコードプレーヤーなどがズラリと並ぶそのオーディオ部屋には、ただごとではない熱量を感じずにいられない。そこで今回は、オーディオマニアのひとり・田中伊佐資さんのオーディオ部屋に潜入。その奥深くユニークな“オーディオ沼”の世界を案内してもらった。

特殊世界に見えつつ、根っこは“ただの音楽好き”。

音楽が好きな人の、ちょっとスタイリッシュな部屋。初めて部屋に入った瞬間は、そんな印象だった。でも部屋を少し見回すと、それが間違いであることにすぐ気づく。スピーカーはやたらと大きく、形も特殊。真ん中には、まったく同じ四角い機械が4つも並ぶ。天井付近には、不思議な形のオブジェたち…。これは、どうやらただごとではない。

部屋の主は、音楽&オーディオライターの田中伊佐資さん。オーディオマニアたちへの取材をライフワークとしつつ、自身も同じオーディオ沼にどっぷり浸かる人物だ。同時に音楽ライターとして、音楽評論も多く手掛ける。

「オーディオマニアというと、特殊なメカオタクの世界に感じるかもしれませんが、実はその多くは、音楽が好きなあまり音響にこだわるようになった人たちです。根っこは“ただの音楽好き”と聞くと、グッと身近になるでしょ?(笑)」

そんな“音楽好きオーディオマニア”のひとりである田中さんのオーディオ部屋に、もう一歩フォーカスしてみよう。まずなんといっても気になるのが、左右の大きなスピーカー。

「これは八ヶ岳のスピーカー工房で材木から作っていただいたものです。僕は木の反響音が好きで、なるべく木を使った機材をとり入れています」

レコードプレーヤーは、無垢材専門の家具工房に頼み、ウォールナットの1枚板をあえて半分に切って重ねたもの。4つの四角い箱はアンプで、上段のアンプは高音、下段のアンプは低音の信号をスピーカーへ送っている。

そして部屋の各所に配された“オブジェ”だが、これも実は音響用のもの。

「音は立方体の四角い部屋より、角がとれて丸に近づくほど、いい具合に反響します。そこで部屋の角をなるべくなくそうと、こうした三角形の音響資材を置いています。正面上の木琴のようなものや、背面にある玉すだれも、同じく音を良い具合に反響・拡散させるための音響。ただしこの辺りはもう、知らない人にしてみればオカルトと紙一重に見えますよね(笑)」

音響いじりは、壮大な自分探しの旅。

田中さんがこうしてオーディオをつきつめるきっかけとなったのが、就職後に初めて“良いスピーカー”を設置したときのことだった。

「その音に全然満足できず、『あんなに高かったのに…』と愕然としたんです。それならば、アンプも買ってみようと。そうなると、プレーヤーもいいものにしなくては。次は、それに合わせてスピーカーを別のものにしてみよう…。そんなふうに“螺旋階段”をぐるぐるのぼるようになり、今に至ります」

オーディオは部屋にセットしたら完了ではない。田中さんが重視しているのが、その先にある「自分が聴きたい音」を求めて調整することだ。

「はじめは雑誌などでいいと言われるチューニング方法を真似していたんですが、自分にはなんか違ったんですよね。もちろん音の良さをひたすら追求していくオーディオマニアの道もあり、そちらはそちらで尊いです。ただ僕の場合は根底に“自分の好きな音楽をより深く聴きたい”という思いがあるので、結局は『自分が聴きたい音』の追求に価値があることに気づいたんです。だから今ではセオリーは気にせず、自分ならではのやり方で音響を組んでいます。それは、自分の“好き”とひたすら向き合うこと。要は、壮大な自分探しの旅なんです」

オーディオライターとして田中さんはこれまで、100人以上のオーディオマニアの部屋を取材してきた。そこで、田中さんの他にはどんなマニアがいるのか、ざっくりと4つのタイプを挙げてもらった。

Type01:改造派/音響と一緒に実物のシンバルも置く!

  • Photo/Shinichi Takahashi

ひとつ目に挙がったのは、オーディオ機器をどんどん継ぎ足し、カスタムし、自由につなぐことで自分好みの音を追求する「改造派」。

「まさに『自分と向き合う』ではないですが、ひたすら好きな音を追い求め、セットを自由に改造していくタイプです。特にこちらのジャズベーシスト・小林真人さんは、ルールを度外視して音響を組んでいて、自己が完全に確立されていて素晴らしいなと思います。まるでコックピットのように、手の届く範囲でコの字型にセットを組んでいる点もユニーク。その自由な精神を象徴するように、音響機器のひとつとして実物のシンバルも置き、音楽に合わせて鳴る仕掛けになっています!」

Type02:ミニマル派/ヴィンテージ盤だけを聴く空間に。

続いては、音響設備を最小限にしぼった「ミニマル派」。パッと見はすっきりとしていてスタイリッシュであっても、ひと皮めくると生粋の“音楽変態”であることが少なくないという。

「こちらのオーディオルームも一見すっきりしていますが、部屋にはジャズのSPレコード(LP盤が出る前に蓄音機などで再生したレコード。1950年代後半に生産終了)が約8000枚置かれ、唯一置かれたスピーカーはそれを聴くためのモノラルスピーカー1個です。要は、完全にヴィンテージレコードを聴くことに特化したオーディオ部屋になっているんです」

Type03:爆音派/あまりの音圧に動物たちも逃げていく。

3つ目は、大音量で聴くことを重視する「爆音派」。

「その代表である漫画編集者の浅川満寛さんは、もともとは東京都杉並区在住でしたが、周囲に民家がない千葉の郊外に引っ越した方です。私が訪問したときは、畑のだいぶ向こうからレゲエが祭ばやしのように聞こえ、それで家の場所がわかりました(笑)。あまりの爆音に、外をうろつくキョン(シカ科の小型動物)も逃げていくそうです。いざ部屋で音を聴いてみると、ものすごい音圧にしばし放心。ただ窓が全開なこともあり、いやな濁り感のない、素敵な音でした」

Type04:コレクター派/まさに“趣味人の基地”。

そして最後は、コレクションの置き場も兼ねた「コレクター派」。

「こちらの部屋は、部屋の中央にオーディオセットが組まれ、その周りにレコード、CD・DVD、書籍、プラモデルといった趣味のコレクションがびっしり置かれています。なるべくたくさん収納できるよう、奥側の窓も棚でつぶしてしまったそうです。まさに“趣味人の基地”という感じで、ソフトとハードが融合したひとつの理想の部屋だと思います」

オーディオとは、人を別世界へ送り込む特殊装置。

ちなみに、こうしたオーディオ部屋を実現するには当然、一緒に暮らす家族の了解も重要になる。それを得るために、オーディオマニアの中にはこんな涙ぐましい?工夫をこらす人も少なくないという。

「例えばオーディオを買い足す際には同じ金額の何かを奥さんに買ってあげるという人もいれば、買ったオーディオ機器をあえて友人の家に発送し、奥さんがいるときを見計らって友人に持って来てもらい『これ、買ってはみたもののイマイチだから、あげるよ』とひと芝居打ってもらうという人も。あるいは、大型の機器を夜な夜な少しずつ組み立て、気づいたら家にある状態にするという“ディアゴスティーニ方式”を採り入れる人もいます(笑)」

話を田中さんに戻そう。実際に田中さんはそのオーディオ部屋で、どんな風に音楽を聴いているのだろう?

「音楽を聴くときは椅子に座り、何もせずにただひたすら音に耳を傾けます。そうすると、ちょっと“別の世界”が見えてくることがあるんです。例えば昔チープなオーディオでよく聴いていた曲を、あらためてこのセットで聴いてみたら、音像がにわかに明確になり『こんなに良い曲だったのか!』と感動できる、など。それは昔へのタイムスリップでありつつ、言ってみれば新たな世界にワープすることでもありますね。
究極的には、懐かしいなどの感情も一切なくなります。それこそ面白い映画や本に入り込んでいるときって、他に何も考えられなくなりますよね。それと一緒で、音楽も没入することで頭の中が真っ白になり、“ここではないどこか”へ完全に入り込める。その感じを、僕は音楽に求めているんだと思います」

特に田中さんがこの部屋でそうした没入を行いやすい曲が、Donny Hathawayのアルバム『Live』に入る「The Ghetto」や、Beatles『Abbey Road』の「You Never Give Me Your Money」から始まるメドレー部分だという。

オーディオマニアたちが突き詰める音響セット。それは当人を別世界へと送り込む特殊な装置だ。彼らはそのトリップの純度を少しでも高めようと、今日もズブズブと沼へハマりこんでいく。

INFORMATION
田中 伊佐資(音楽&オーディオライター)
田中 伊佐資(音楽&オーディオライター)
たなか・いさし|東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。「stereo」をはじめとするオーディオ誌などに寄稿を行う。著書にオーディオマニアたちの部屋を取材した『大判 音の見える部屋』のほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壷』『ジャズと喫茶とオーディオ』などがある。
INFORMATION
『大判 音の見える部屋』
『大判 音の見える部屋』
田中さん自身がマニアのお宅を訪問し、オーディオの趣味に人生をかける人々の生き様を赤裸々なドキュメンタリーとして構成。ONTOMO MOOK 刊
  • Photo/Hisanori Suzuki
  • Text/Akihiro Tajima
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