インスタ映えを狙わない。器、民藝、古道具、植物に囲まれる、“最後の”ひとり暮らし。
仕事はクリエイティブディレクション。都心のデザイナーズマンションの、とりわけユニークな間取りを選び、100以上の植物に囲まれ、民藝、器、洋服、古道具、書籍がその隙間をびっしりと埋め尽くす。そんな住まいの様子をインスタグラムへ投稿し、「夢中の結果のインテリア」を自称する。あまりにも出来すぎているが、職業柄でも、セルフプロデュースの一環でもないのだと、くったくない口ぶりだから、すんなり納得してしまった。では、なぜ?と訊かずにもいられなかった。
- memoireさん(ブランドディレクター)
- めもわーる|長野県松本市生まれ。現在は、広告会社で企業や商品・サービスをマーケティングとクリエイティブの両面からディレクションすることに携わる。旅の必需品はランニングウェア。
- instagram - @arts_memoire
部屋づくりのルーツは幼少期。
勤務する広告会社で、さまざまな企業、商品やサービスにまつわるクリエイティブディレクションに携わるmemoireさん。住まいの様子をインスタグラムに日夜投稿するのも、そんな職業スキルを活かした、いわば自己プロデュースの一環なのでは。という邪推をあけすけに投げかけてみると、「見え方とか、そういうのはあまり気にしてないんです」と、くったくなく答えるから、聞いたこちらが恥ずかしくなる。
「住まいづくりを頑張ろう、とかそういう気持ちもありません」と、偽りない眼でさらに続ける。住まいについて、知人や友人に聞かれることも多いそうだが、テーマもなければ、参考にしているものも、本当にないのだという。
「むしろ“外の目”を意識すると濁ってしまうので、実は、インスタも数ヶ月間投稿してないんですよ」
夢中の結果。その言葉通り、ただただ自分のためだけにあつらえた空間。そのことにホッとするとともに、そのルーツが気になってくる。
100に達するという植物を筆頭に、器、民藝、洋服、古道具、書籍など、幅広い趣味の品を集め、住まいの隅々に散りばめはじめたきっかけは、いったい何だったのか。と投げ掛ければ、心の奥を探るように考え込んだ後、「ふたつある気がして」とたった今閃いた可能性を自分でもたしかめるように話しはじめたのは幼少期の記憶。
「出身は、長野県松本市の上高地寄り。リンゴ畑に囲まれて育って、遊び場も、基本は森のなか。自然って、カオスなのに、調和が取れているというか。不思議と落ち着く感じがします。そういう感性が、この部屋にも生きているような気がするんです」
memoireさんのなかに潜在する自然の記憶が、住まいのなかに、色の取り入れ方、素材の組み合わせ方として息づいている。しかし至って潜在的だからこそ、あくまで、好きなものを好きなように並べただけ。
「もうひとつのきっかけは、切手集め」と、同じく子ども時代の記憶をたどって思い至った様子。「小学校の取り組みではじめたのですが、切手にいろんなデザインがあるのが面白くて、個人的にもハマってしまって。ただ集めるだけじゃなく、展覧会に作品を出して賞をもらったりもしました。テーマに沿って切手をレイアウトしたりするのですが、その経験が、住まいづくりにも生きているような気がします」と、寝室とリビングをつなぐ廊下で、そこにくまなく貼られたフライヤーやショップカードを眺めながら教えてくれた。
幼少の頃から知らずしらずに染みついてきた景色や記憶、経験が、図らずもいま、住まいづくりのそこかしこに滲み出ていた。
作為のない、一点モノに惹かれて。
では、住まいを埋め尽くしているのは具体的にどんな物かというと、とりわけ惹かれるのは“一点モノ”だと、きっぱりよどみないmemoireさん。たとえば、器の歪みや微妙な焼きムラ。古道具の、さまざまなひとに受け継がれてきたがゆえの独特の経年変化。
「なかでも、ちょっとヘンな物が好きかもしれません。植物なら、樹形が通常とは異なるもの。器なら、石が飛んでちょっと凹んでしまったもの。そういう、人間の意思が関与できない物」
無作為性を愛おしむのは、きっと、“自然のカオス”を愛するのと同じ。そこにブレない軸があり、モノ選びの試金石にもなっている。
「『生き物だ』とまでは言いません。でも、部屋のなかを歩いていて器や古道具にぶつかったりすると、『ごめん!』って謝っちゃうんです(笑)自分はそういうタイプじゃないはずなのですが、そうさせるなにかがあるんじゃないかって」
ちなみに、旅に出るとかならずなにかしら“地のモノ”を買って、持ち帰って家に置く。それらは思い出とも結びついているから、そういう意味でも、彼だけの一点モノ。
「『店主としゃべってあんな気持ちになったな』とか、『あのときはこんな自分だったな』とか、そうした気持ちや感触が、基本的に、住まいのあらゆる物に詰まっています」
住まいづくりは、回りまわって、自分に還ってくる。
そもそもの話。ここに住むことに決めた理由は、「コの字型で、変な間取りだったから」と、事もなげに話す。以前は郊外エリアの川沿いのマンションの、ベーシックな間取りに住んでいたというから、かなり振り切った選択だ。
「年齢的に、ひとり暮らしをするのも最後だろうと思って。せっかくなら、ロフト、ルーフバルコニー、打ちっぱなしの壁など、できるだけ多くの要素を一気に経験しておきたかったんです」と、住まいをある種実験ととらえ、また家賃は赤字覚悟で、自己投資の意味合いまで込めたという。
結果は、目論見以上。ユニークな間取りがインスピレーションをもたらすだけでなく、周辺環境も手伝って、住まいや暮らしはみるみる変化していった。
「もとは旅先でギャラリーなどを巡る移動手段として習慣化していたランニングですが、都心に暮らしはじめてからは、近所を走って回るのがとにかく楽しくなって。走りながら、古道具屋や雑貨店、ギャラリーを発見すると、そこから刺激を受けたり、買い物してどんどんモノが増えていったり……(笑)」
そうした住まいづくりは、回りまわって、自分に還ってくる。そのことも、ここに暮らしはじめて5年経ったいま、ひしひしと実感しているのだとか。
「家に遊びにきてくれたり、インスタを見てくれたりする人と、住まいやインテリアについて話をする。そうすると、自分にとって気づきになったりもして。今日みたいな象徴的な時間もまさにそうです。今日初めて話したこともあるし、初めて気づいたこともある。それって自分の引き出しになるわけじゃないですか。すごく豊かなことですよね」
いくらモノが多くても。
「東京にいると、ヒマをTo Doで埋めたくなってしまう……」と、地元・長野県に帰省したときにインスタに投稿していたmemoireさん。部屋を物で埋め尽くしながら、過剰や過密を疎むような発言をしていたことに、取材前は煮え切らなさを感じていた。
でも、memoireさんにとっての“自然”が部屋の隅々にまで染み渡っているから、そこに矛盾は生じない。カオスであり、同時に秩序である。そんな不思議が成り立つこともある。
そして、「360度見渡せばたしかに物は多いですよね。でも、僕らが一度に見ることができるのは、ほんの一部じゃないですか。だから」と言いながら、玄関脇の絵画に向き直る。「こうすれば、もうあの絵しか見えない。自分でコントロールすれば、意外と思考はシャープになるんです」と、思わず膝を打ちたくなるアイデアを、最後にこっそり教えてくれた。
- Photo/Takahiro Kikuchi
- Text/Masahiro Kosaka(CORNELL)
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