- 島津 冬樹(段ボールクリエイター)
- しまづ・ふゆき|1987年生まれ。多摩美術大学卒業後、広告代理店を経てアーティストへ。捨てられたダンボールから実用品を作り出すその稀有な活動がさまざまなメディアで取り上げられている。活動を追ったドキュメンタリー映画『旅するダンボール』や、著書『段ボールはたからもの 偶然のアップサイクル』『段ボール財布の作り方』がある。
- Instagram - @carton_wallet
ヒゲ、カメラ、ダンボール…出国審査で5時間拘束。
島津さんの工房に入ってまず目がいくのが、壁面にズラリと吊るされる“何か”だ。一瞬、洋服?とも思うが、吊るされているのはすべてダンボールである。それも、使い古しのものばかり。島津さんは、たんたんと話す。
「僕にとってダンボールは宝物でもあるので、無造作に積むよりは飾るように置きたいと思い、こうなりました」
工房の外の大きなガラスケースにも、中古ダンボールが箱の形のまま、まるでアート作品のように飾られていた。島津さんは、ダンボールを使って財布などの実用品を作るクリエイターだ。中古ダンボールで作った財布とは、実際どんなものなのだろう? 本人が普段から愛用しているダンボール財布を見せてもらうと、スマホと同じくらいの、意外とコンパクトなものが出てきた。
「カードとお札を分けて収納できたりと、意外と使い勝手は悪くないんです。小銭は、同じくダンボール製の小銭ケースに入れています。最近キャッシュレス決済が広まって、世の中の財布が小ぶりになってきています。自分もこのサイズで充分ですね」
島津さんは、素材となるダンボールを日本だけではなく、海外でも収集している。これまで各国の“ご当地ダンボール”を集めるべく35カ国を訪れ、世界各地のスーパーや市場、路地裏などを探し歩いてきた。
「これ、もらってもいいですか?」と捨てられたダンボールを嬉々として集める謎の日本人に、現地の人たちの多くが不思議な表情を浮かべるという。ヒゲを生やし、中判カメラと大量のダンボールを持ち運ぶ姿を不審がられ、入国管理局で5時間以上も足止めされたり、裸でボディチェックを受けたこともある。なぜ、そうまでしてダンボールを集めるのか。
「ダンボールの絵柄はもちろん、そこにのるシールや文字、汚れなどから、『どんな経路でここまでたどり着いたんだろう?』と物語を想像するのが楽しいんです。だから新品のダンボールは基本的に集めません」
旅先でダンボールを収集する際は、物語の一端を残すために、収集した状況もあわせてカメラに収める。工房には、それを大きくプリントしたものを飾っている。
ダンボールに取りつかれた島津さんならではの空間が、そこにはあった。
仕事中も、頭にはダンボールのことばかり。
子供のころから貝殻などの収集、および標本作りやスケッチといったモノづくりが好きだった島津さんが、ダンボールアートに初めて出合ったのは、美大時代のことだ。ある日、長年使った財布が壊れてしまった。ただ、買い換えるお金がないし、そもそもすぐに次の財布を買うのも何か違う。そこで、少し前に近所のスーパーでもらったおしゃれなワインのダンボールを使い、財布を作ってみた。
試しに作った財布は思いのほか丈夫で、結局1年も使い続けられた。そのことから島津さんは、ダンボールの大きな可能性に気づく。以降、ダンボールコレクターとして各地のダンボールを集めたり、それを使って財布を作る生活が始まった。
美大卒業後、いったん大手広告代理店に就職するも、頭のなかにあるのは仕事よりもダンボールのことばかり。そこで島津さんは、就職から約3年半が経ったころ、会社を辞めることを決意する。
「正直、会社を辞める恐怖より辞めない恐怖のほうが大きかったです。このまま10年・20年と働いて中堅社員になるにつれ、自分のやりたいことがだんだん薄れていき、会社に埋もれてしまうのではないかと。外へ踏み出す勇気がしぼんで消えてしまうのが、何より恐かったんです」
こうして、新たな一歩を踏み出した島津さん。退職後しばらくはダンボールだけで食べていくのが難しかったが、その珍しい活動が次第に注目を集めるようになり、THE NORTH FACEやLACOSTEなど有名ブランドとコラボしての作品作りも行うようになっていった。現在はダンボール財布をネットストアで販売しながら、クリエイター1本で勝負する。ダンボール財布の作り方を教えるワークショップも主催し、人気となっている。
島津さんは、人生を変えた決断をこうふり返る。
「あのとき決断して、本当によかったです。あのまま会社員を続けていたら、ダンボールに対する自分の気持ちにウソをついたまま生きることになったと思うので」
誰もが子供時代は自由に“工作”をしていた。
工房には、ダンボールを収納するラックや作業台、棚など、無骨で工業的な什器が並ぶ。ホームセンターが好きで、什器自体もDIYすることが多いという。ちなみにここはもともと中学校だった建物の一室で、工房のある部屋はプリンター室だった。元プリンター室に、色とりどりのプリントが施されたダンボールが並んでいるのが、なんだかいい。
ダンボール財布は、ダンボールとカッター、ボンドがあれば作れる。ただ、シンプルながら奥は深い。コツは「折り込むときにダンボールをつぶし、立ち上がってこないようしっかり折り目をつけること」だそうだ。
ダンボールは、海外製は硬く、日本製は柔らかいといわれている。外側素材を海外製に、内側のパーツを日本製にすると、耐久性と使いやすさを両立できる。財布のオモテ面にくる絵柄は、ダンボールの正面のプリントを活かすこともあれば、あえて後ろ側のバーコードや数字を活かす場合もある。
そんなふうに自分の好きなものを、自由に作り上げられるのが工作の醍醐味なのだろう。
「みなさんそれを子供のころ、普通にやっていたんですよね。でも大人になると、仕事や生活があって、多くの人がそこから離れてしまう。あの工作の感覚を気軽に呼び戻せるのが、ダンボール財布作りのいいところです」
そしてダンボール財布には、もうひとつ素晴らしいところがある。なんの変哲もないモノが“大切なもの”に変身する瞬間に立ち会えることだ。
島津さんは、ターニングポイントとなった作品たちをジップ袋に入れ、きちんと保管している。その中から、初めてダンボールで財布を作って1年以上も使った、あの初号機を見せてもらった。
「まだボンドも使わず、ダンボールとガムテープだけで作りました。にもかかわらず、そこにお金を入れ、実際に店で使用した瞬間、さっきまでゴミだったダンボールが、まぎれもない財布になってしまった。それを発見したときのドキドキは、忘れられません」
ダンボール財布作りは“幸せの追求”につながっている。
実はダンボール財布作りのワークショップに参加する人たちの多くも、そのドキドキを体感する。
「みなさんが『おおお!』とテンションを上げてくれるのが、ダンボールを加工して最後にボタンを付ける工程です。ボタンを付けた瞬間、ダンボールが一気に“使えるもの”になった感覚があるんです」
見る人によっては、ただのダンボールの切れ端かもしれない。でも、作った本人からすれば、大切な相棒だ。そして使えば使うほど馴染んできて、はたから見ればボロボロであっても、本人には愛着いっぱいの“かわいいやつ”となる。モノに魂が乗り移るとは、そういうことなのだろう。
そして、アップサイクル(もとの製品より価値を高めて再利用すること)の本質も、そこにある。ある人から見たら無価値でも、それに大きな価値を感じる人もいる。その価値をしっかりとらえ、新たな形で利用する。島津さんのダンボール財布作りは、まさにアップサイクルそのもので、古着の再利用や古い建築のリノベーションなど、他のアップサイクルにも通じる話だ。
島津さんは最近、作ったダンボール財布の販売から、作り方を広める活動の方に力を入れている。
「初めてダンボール財布を使ったときのあのドキドキを、いろいろな人に伝えたいんです。それには完成品を買って使っていただくのもいいですが、自分で作って気づいてもらうほうがよりインパクトが大きく、その先にもつながるのかなと」
自分ならではの好きを追求し、ものごとに魂を込めて生活する。いってみればそれは、幸せを追求することそのものかもしれない。日々に追われてつい忘れてしまいそうになるけど、ダンボール財布づくりや工作で、その感覚を自然に思い出すことができるのだ。
- Photo/Kenji Yamada
- Text/Akihiro Tajima
- Design/Kentaro Inoue(CIRCLEGRAPH)
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