- ジェームス・ディアン(J.D. Cycle Tech オーナー)
- じぇーむす・でぃあん|1988年、アメリカ・カリフォルニア州ロングビーチ生まれ。アリゾナ州フェニックスで育ち、2016年に日本へ単身移住。趣味の自転車の世界を追求するために、自転車にまつわることをイチから学び、2020年に自身のお店<J.D. Cycle Tech>をオープン。フレームビルダーとしてオリジナルのフレームを作りながら、“街の自転車屋”としてパンク修理なども行う。
- Instagram - @jamesdiion
自転車工房としてぴったりな、土間付き物件に一目惚れ。
「物件探しでここに来たとき、妻は最初『え、ここ?』と驚いていたけれど、僕は『あぁ、ここだ!』って。もう一目惚れでしたね」
そう言いながら、エントランスすぐのバイシクルハンガーに愛車を吊り下げるジェームスさん。サイクリストからしてみれば、この趣味と生活のスムースな動線作りを目の前にして、「羨ましい」と感嘆な声を漏らさずにはいられないだろう。彼はここで趣味のサイクルライフを楽しみながら、自転車屋<J.D. Cycle Tech(ジェイ ディー サイクル テック)>を営んでいる。
「どこかに住まいを借りて、そして店舗も借りてってなると、どうしてもお金がかかるじゃないですか。今でこそここでショップをやっていますけど、お店として動き出す以前から、フレーム作りの練習だったり、知り合いの自転車をカスタム・修理できる場所を作れたらいいなと考えてて、じゃあ次引っ越すなら作業場を備えた家に住みたいなと。当時よく、自転車に乗りながらいろんな建物を見てまわりましたね。『あ、この建物いいな』『こっちもいいじゃん』って。そんななか、たどり着いたのがこの物件でした」
昔ながらの日本商店を思い起こさせる、ジェームスさんの自宅兼ショップ。作業場として活躍する6畳の土間を一段上がると、すぐそばにダイニングが広がり、奥にはキッチンが備わる。
「この土間付き物件を見たとき、以前通っていた自転車屋さんをふと思い出したんです。小さな土間をまさにこのような感じで工房として使ってて。日本の古い建物にはずっと興味があったから、もう即決でしたね。もちろん築年数が長いから揺れはすごいし、もう少し広かったらいいなと考えたりもするけれど、家族の気配を常に感じられるので、かえってこの広さの方が今の暮らしにはぴったりなのかなと思っています」
もともと好きだった、趣味の“モノいじり”。
中古の自転車屋で基礎整備を学び、競輪のNJS認定も持つ老舗工房<九十九(つくも)サイクルスポーツ>で約5年間の修行。フレームビルダーとしての腕を磨き、その後、「友達の自転車の修理を」と小さなコミュニティの中で動き始めたジェームスさんのショップだが、彼の気さくな人柄と丁寧な仕事ぶりは知り合いから知り合いへ人づてに話題を呼び、今では多くのメディアが“新進気鋭のビルダー”として取り上げる。
これまで数えきれないほどの自転車と向き合い、自身でも多数のオリジナルバイクを生み出してきたというジェームスさん。そんな彼の、ものづくりのルーツとは一体どこにあるのだろう。
「自転車にハマる前は、クルマが好きで。それこそアリゾナにいた頃は、<フォルクスワーゲン>の古いジェッタに乗ってましたよ。確か、車体価格10万円ぐらいだったかな。友達のクルマに乗せてもらい、カリフォルニアの中古車屋まで片道約5時間かけて取りに行って。帰りはジェッタに乗って、最初は『調子いいな〜』って気分揚々だったんだけど、道中立ち寄った休憩所でハプニングが……」
「急にシフトレバーがR(バック)に入らなくなったんです。それも、砂漠のど真ん中で。日も暮れて、あたりは真っ暗闇。どうしようにもできないから、一旦ジェッタだけを置いて家に帰り、後日、大量の工具を持ち出してジェッタを迎えに行きました。蓋を開けてみたら、シフターからミッションまであらゆるネジが外れてて。すぐにネジを入れ直し、『あ〜、よかった』って音楽をガンガン流しながらジェッタを再び走らせてたら、今度は電源が全部落ちちゃって(笑)」
「動かなくなったジェッタをガスステーションまで牽引してもらって、すぐボンネットを開けました。すると、オルタネーターっていうベルトが切れてて。これが切れちゃうと発電されず、バッテリーも上がっちゃうんですよ。で、またジェッタのもとを離れて、バッテリーを買いに行き、その場で交換。購入早々ハプニングから始まったけど、その分、愛着も湧きましたね。自転車もそうなんですけど、昔から趣味のモノをいじるのが楽しくて」
フレームビルダーとしての作業は、明るい時間帯だけ。
2020年に自身のショップをオープン。店外に掛けられたこちらの一台は、カゴを取り付けやすいミニベロの特性を活かしながらも20インチのフロントタイヤに対してリアを27.5インチにすることでスピード性能を高めた、彼オリジナルのバイクである。
「以前まで買い出しに行く時は、妻のミニベロを借りてました。こんな風に前にカゴを取り付けていたから荷物がたくさん載せられて便利だったけど、やっぱりタイヤが小さいから、どうもスピードが出なくて。それで、リアタイヤを大きくしようと。アメリカのビルダーは、こういった変形フレームを作ったりするんですけど、日本ではあまりいないですかね」
「日本のビルダーって『こうじゃないといけない』っていう人が多くて、変わったフレームをあまり作らないんですよ。一方、アメリカのビルダーはいろんなアイデアソースをフレームへ落とし込む、自由さが魅力だと思います。でも、これってどっちが良い悪いとかの話じゃ決してなくて。実際に僕は、日本のフレームの美しさに惚れ込んでビルダーを目指した人間です。ここ日本でフレーム作りを学んできました。でも、そんな日本の“美”とアメリカの“自由さ”をうまくミックスできたら面白いんじゃないかって思うんです。日々、そんなフレームを模索しながら作業しています」
「お店としては週4日、9時半から18時まで営業。日中は、基本的にフレーム作りがメインです。もちろんパンク修理などの簡単な作業は急ぎで対応しますけど、時間を要するカスタム修理とかは日が暮れてから、明るいうちはできるだけフレームビルダーとしての仕事に専念しています。というのも、フレームを作るときってカンカンと音が鳴る機械をたくさん使うから、やっぱりうるさいんですよ。だから、静まる夜は音の出ない修理を。奥さんも子供も上で寝ていますしね」
ブランドがどうこうより、使用する中で“愛着の湧くかどうか”が大事。
好きな趣味をとことん突き詰め、業界屈指のフレームビルダーとして名を馳せるジェームスさん。職人としてだけでなく、ライフスタイルとしても自転車乗りを楽しんでいるが、そんな彼が考える“いい自転車”とはなんなのか。
「綺麗なアールをしたフォーク、フレーム同士を繋ぐラグの材料にこだわりを感じると『お、かっこいいじゃん』って思いますね。でも、この綺麗とかかっこいいとかって見た目だけの話じゃなくて。たとえば、今ってなんでもできる時代じゃないですか。少し調べれば情報はすぐにゲットできますし、フォークを曲げるための工具だって市販で買えます。でも、こだわっている人はフォークを曲げるための工具そのものを作ったり、フレームの材料から作ったり。そういう人が作った“いい自転車”って、見た目の美しさはもちろん、自転車作りの理解も深いですし、そのバッグボーンがしっかりしているような気がします」
「自転車選びでブランドネームを重視する人もいるけれど、モノの価値ってそうじゃないと思うんです。だから、うちの自転車にはブランドステッカーは大きく貼りません。クオリティで判断してもらいたいっていう思いがあるから。それでいうと、家の中にあるインテリアも高級なものとか、ブランド物とかは基本ないかもしれません。インテリアも安いものばっかりで、自分で見て良いなって思ったものを選んでます。少しづつ時間がズレる祖父から譲り受けた掛け時計があったり、友達がいらないって譲ってくれたものだってあります。家にある高価なものは、冷蔵庫だけかもしれませんね(笑)」
ブランドネームにこだわらず、“愛着”や“モノ本来の価値”を重視したモノ選び。そして広い家に憧れを抱きながらも“居心地”を優先した拠点探し。取材後にふと聞いた「自転車乗りとしてのマイルール」という問いに対しても、彼は「法律を守ること」と当たり前のことを口にした。
趣味を突き詰めた人は、僕らが想像できないような斜め上の世界線で生活しているのかと思っていたのだが、ジェームスさんの自然体で飾らない、この見栄を張らない生き方こそ、豊かなライフスタイルの秘訣なのかもしれない。
- Photo/Takahiro Kikuchi
- Text/GGGC
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