全長4メートルの特製本棚が、部屋選びの基準だった。
下北沢、代田エリア、豪徳寺。目まぐるしく開発が進み、如実に観光地化していく周辺地域をよそに、その波に飲まれず、いい意味で目立たないでいる街、梅ヶ丘。住みよさでいうと抜群とも言えるその街のレトロマンションに、啓介さん(@kaggy_pop)とキャサリンさん(@akafukuu)が暮らしはじめたのは、4年前のこと。
「ここに引っ越す前、僕はとなり町の豪徳寺で暮らしていました。その街を気に入っていたのですが、だんだんと活気づきはじめて、すこし距離を取りたいと思ったんです。いまは、ちょうどいい距離感。キャスも僕もあちこち散歩するのが好きなので、楽しいエリアに囲まれている梅ヶ丘はとても暮らしやすいんです」(啓介さん)
豪徳寺から離れたくなかったのには、別の理由もあった。それは、壁一面を覆う巨大な本棚の存在。全長4メートルもあろうかというそれを前の部屋から移築すること、また引越し自体も自らでおこなうことにしていたため、できるだけ近場に移動せざるを得なかった。
「この本棚は友人に造ってもらったものなんです。この大きな本棚を置ける壁があることが外せない条件だったので、物件はほとんど選べませんでしたが、運よくいい部屋に出合えました」(啓介さん)
「置き場があるかどうか」。部屋づくりにひもづく買い物の作法。
本棚には、映画、音楽、文学、アート、人文社会学系の書籍から、雑誌、映画のDVDまでがぎっしり詰め込まれ、隙間を、おもちゃ、ぬいぐるみ、植物、写真立て、ステッカー、フィルムカメラ、お面など、多種多様な雑貨が埋める。
すみずみに目を奪われ、とにかく気になる物だらけだが、ぐっと堪えて話に戻ろうとすると、「本はついつい買ってしまいますが、実際に読むのは電子書籍ばかりなんです」と、意表を突いてくる。たしかに“積ん読”にも意味があることには大いに賛成だが……となかば強引に納得しようとするが、「ほぼ小道具ですね。置く場所があるから買ってるだけで」と極め付きに、さらり。
暇さえあれば買い物をしている、と口を揃えるふたりは、たとえば海外旅行に出たときも、職業バイヤー顔負けに、スリフトやリサイクルショップを練り歩くという。
「これまでふたりで行ったのは、ロサンゼルス、テキサス、オースティン、ヒューストン、それからロンドン、クロアチア、ボスニアヘルツェゴビナ、ニュージーランド……。どこに行っても買い物しかしないんですよ、本当に(笑)」(啓介さん)
「観光地にはまったく行かないよね?その代わり、各地のスリフトやヴィンテージショップを回って買い物をする。でも、バイヤーと違って売り物にするわけではないから、増える一方(笑)美術館に行っても、展示よりむしろギフトショップが気になって、展示を観る間もソワソワしてしまって」(キャサリンさん)
そうして旅から持ち帰ってきたさまざまな物、物、物で埋め尽くされた、お世辞にも“物静か”とは言えない部屋。でも、本を選ぶときと同じように、あらゆる物は「置く場所があるから買う」。ただ闇雲に物を増やしているわけではなく、そこには彼らなりの作法がある。
「なにを買うときも、部屋のどこに置くかまで、あらかじめ考えます。もちろんその通りの場所に置かないこともありますが、スペースがあるから買うことに変わりはなくて。実際、ここより狭い部屋でひとりで暮らしていたときは、こんなに買っていませんでしたから」(啓介さん)
Etsyなどの海外通販もよく利用し、国内で催される骨董市やアンティークマーケットにもしばしば足を運ぶというふたり。友人のアーティストたちの作品を買う機会も多いが、どんな場合も、部屋に置くことを前提に買うことに変わりはない。
“とりあえず”は御法度。「必要でも買わない」が、理想の部屋への近道。
額で埋め尽くされた壁を偏愛する啓介さんは、以前『POPEYE』のインテリア特集号で、「額でいっぱいの部屋」の企画ページを作ったほど。「ポテチの袋、キャスが好きなバンドのライブのセットリスト、リヒターの作品の写真を現像したもの、あらゆる額装できるものを探して、無理やり埋めているフシもあります」(啓介さん)
打って変わって、キャサリンさん担当の寝室の壁は余白が多い。「額で埋め尽くされた壁は、パーソナリティーが表れて面白いですよね。頭のなかが覗ける。だからこそ、私はほとんど飾りたくないのかも(笑)」奥の大きなポスターは、彼女の大好きなアーティスト、サイモン・エヴァンスのコラージュ作品。
ふたりには物欲を飼い慣らす規範があり、それはとりもなおさず、部屋づくりにも直結する。そして啓介さんは「逆に」と続け、「たとえ必要なものでも、気に入るものが見つかるまでは買いません」と、きっぱりと言い放つ。
実は、引っ越してから1年間ダイニングテーブル無しで暮らしていたというふたり。「どうしても、気に入るものがなかったんです。おかげで友達をなかなか呼べませんでしたが、それでも、妥協して買いたくなくて。部屋で使う物って、気に入っていてもいなくても、使わざるを得ないじゃないですか。“とりあえず”で買った安いお皿って、結局、一生使いますよね。そういうのがイヤなんです」(啓介さん)
“新陳代謝”を繰り返すのが楽しい。
自分たちの足と目を使って物を探すことをたっとぶからこそ、世間的な価値がすっかり付いてしまった家具やインテリアに、ふたりは見向きもしない。
「“価値を買う”みたいな買い物は好きじゃないですね。自分がいいと思ったものだけを選ぶようにしたい。うちにもデザイナーズものの家具があったりはしますが、選ぶ理由は“バイブス重視”というか」(啓介さん)
確たる意思とマナーに支えられながら、少しずつ変化を遂げてきたこの部屋。キャサリンさんは、「なにか新しく物が増えるたびに、部屋がちょっとずつアップデートされている感じがします。メタボリズム的な感じで、いろんな場所をリアレンジするのが楽しい」とこれまでを振り返り、啓介さんも「“新陳代謝”ね。たしかにそうかもしれない」と顔を見合わせる。
宝箱みたいな部屋で、友人たちをもてなす。
そんな好きなものだらけの部屋で、ふたりはなにをするかというと、「基本的に休日は買い物に出かけたり散歩したり。あまりここで過ごしてないよね?(笑)」とあっけらかん。「でも、友達を呼んでホームパーティーをするには、いい部屋なんじゃない?」とフォローしたのはキャサリンさん。
「たしかに、それは大きいかもね。よく4、5人で集まって、ホームスクリーンで映画を流しながらタコスをつくったり、チーズフォンデュやったり、鍋を囲んだりするんです。そういう集まりのための場所、というのは、この部屋の大事な機能かもしれません」(啓介さん)
物が多いことは、必ずしも、ミニマルと対極にあらず。買い物と部屋づくりを一貫してひもづけることも、またそこに一切の妥協を持ち込まないことも、ほかでもないミニマリズム。ふたりの愛する物を詰め込んだ宝箱さながらのこの部屋は、そんなことを教えてくれる気がする。少なからず残された余白は、明日からまた、どんな物で埋められるのだろう。
個性を詰め込み放題、飾り立て放題な「Mr.Standard」
買い物やインテリア選びを、部屋づくりと結びつけながら存分にたのしむ鍵和田夫妻は、この先別の場所に住み替えるとしても「いまの部屋の延長で暮らしていきたい」と話す。
なら、たとえばLIFE LABELが雑誌『POPEYE』と手を取り完成させた平屋建ての家「Mr.Standard」もその射程に収まりそうだ。なにせ、リビングのオープンシェルフは本や雑貨をぎっしりと詰め込むにはうってつけだし、肌目が荒く素朴なラワン合板の壁のいたるところにはポスターやアートピースを飾りたい放題。
どんな個性でも受け入れるシンプルな“箱”が、創造力を、もとい、ふたりにとっては物欲を、うんと掻き立てるに違いない。
- Photo/Hiroyuki Takenouchi
- Text/Masahiro Kosaka(CORNELL)
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