猫の引っ掻き傷も愛おしい。味わいを楽しむリノベ暮らし。
デザイン事務所・エイトデザインに勤める寺嶋梨里さんは、名古屋市内のリノベマンションで夫、そして愛猫と暮らしている。味わい深さだけでなく心地よい「ゆるさ」も感じられる1LDKは、寺嶋さんの「頑張らなくてもいい家に」という思いから生まれたもの。人も猫ものびのびと過ごす空間には、どんなこだわりが隠れているのだろう。
- 寺嶋 梨里さん(エイトデザイン 広報/グラフィックデザイナー)
- てらしま・りさと|住宅や店舗のリノベーションを手がける、建築デザイン事務所・エイトデザインの広報・グラフィックデザイナー。名古屋渋ビル研究会のメンバーとして、名古屋の味わい深いビルを紹介する小冊子、『名古屋渋ビル手帖』を発行している。
- Instagram - @shimeji8graphics
古いもの好きが高じて、マンションリノベを選択。
名古屋と東京を中心に、リノベーションや店舗デザインを手がけるエイトデザイン。寺嶋さんはその立ち上げメンバーのひとりであり、同社の広報・グラフィックデザイナーとして働いている。
寺嶋さんが夫、そして愛猫・ふぐと暮らすのは、名古屋市内の築50年ほどのマンション。その一室をリノベーションして住み始めたのが、今から12年ほど前のことだという。
「昔から古い建物が好きだったので、住むなら中古マンションと決めていました。ここに引っ越してくる前は団地に住んでいたのですが、キッチンのお湯が出なかったり、お風呂がバランス釜だったり、水回りの設備がいまいちで…。団地の雰囲気自体は好きだったけど、もっと心地よく暮らせる家に住もうと思ったのと、せっかくリノベ会社に勤めているということで、マンションリノベに辿り着いたんです」
ブリティッシュショートヘアの猫・ふぐを迎え入れたのは、今からちょうど5年前。義理の弟が実家に連れてきた猫と過ごしたことがきっかけで、「猫と暮らせたら幸せそう!」と思い立ったのだそう。
「同じ種類の猫なのに、高貴な顔立ちの義弟の猫に比べて、ふぐはちょっとファニーなお顔。そこが可愛いんですよね」
目指すは「頑張らなくてもいい家」。でも、雑多に見えないように。
漆喰の壁と、コンクリートが剥き出しになった天井。インダストリアルな無機質さとほどよい温かみが同居した空間には、こだわりをぎゅっと詰め込んだ。
「ポイントは、壁を漆喰で仕上げたところ。何かがぶつかって傷がついても、漆喰ならその傷自体が“味”になってくれると思ったんです。廃墟っぽいダークな雰囲気を保ちつつ、柔らかさや生活感も出すことができましたし、なにより猫に壁を引っ掻かれても気にならない。いろんな意味で、漆喰を選んでよかったです」
玄関から入ってすぐの土間は、リノベーションならではの空間だと言えるだろう。自転車を3台置けるほどの広さを確保したそうだが、「それが大正解でした」と深く頷く。今はふぐ用のキャットタワーだけでなく、趣味で使う道具や小物がどんと置かれているが、物置のような窮屈さはない。
実は寺嶋さん、掃除や整理整頓が大の苦手。収納から物を取り出し、使って、また元に戻すという作業も面倒に感じるのだそう。「自分自身の性質に逆らう家づくりをしてしまえば、きっとしんどくなる」…そう考えた結果、目指したのは「頑張らなくてもいい家」だった。
「正直、引き出しを開けることすら面倒で…(笑)。だから、わが家はオープン収納が中心。キッチンやデスクまわり、廊下の本棚も含めて、物を出し入れしやすいようになっています。その中でも『床に物を置かない』『家具やツールの色味・素材はなるべく揃える』というルールを設けることで、雑多に見えすぎないようにしているんです」
自由気ままな猫との暮らし。いつのまにか、共存しやすい空間に。
そこで気になるのが、猫とインテリアの関係性だ。動きたいときに動き、登りたいところへと登るマイペースな猫にとって、人間都合の家具配置などどうでもいいもの。例えばふぐがいたずらをして、物が壊れることはないのだろうか。
「ふぐは、あんまりいたずらしない子なので意外と大丈夫です。ただ、気ままなのは間違いないのと、マイブームがあるみたいで、最近は本棚の上の物を押しのけるようにして座るようになりました。私も『絶対にここに置きたい』というこだわりがないので、ふぐの行動に合わせて棚の配置を変えたんです」
人は人で楽に暮らし、猫は猫で自由に振る舞う。特別な気遣いがなくとも、お互いが過ごしやすい空間になっているのだ。
「私が仕事の休憩やリラックスするときに使うハンモックは、ふぐにとってはいい爪研ぎ道具。リビングのローテーブルも、昔は手持ち無沙汰な感覚があったのですが、ふぐが来てからはご飯スペースに姿を変えました。結果的に、人と猫が共存しやすい環境になってるなと思います」
床の引っ掻き傷も愛おしい。住めば住むほど愛着がわく家。
「この家って椅子が多いんですね」と気づいたように笑う寺嶋さん。たしかにLDKを見渡してみると、チェアにスツール、脚立などが部屋のあちこちに点在している。どれもヴィンテージ品だというが、国も年代もばらばら。デザインテイストも異なるのに、それぞれの魅力が調和しているのが不思議だ。
「いただきものもあれば、ヴィンテージショップで見つけたものもあります。古いもので揃えておけば、ひとつひとつのトーンが違っても自然と統一感が生まれます」
聞けば、マンション自体も築50年ほどになるという。古い建物とヴィンテージ家具、相性が悪いわけがない。
壁の色がくすんだり、ふちが欠けたり、傷がついたり…家や家具は、時間が経つにつれて姿形を変えるもの。古いものを愛する寺嶋さんにとっては、そうした変化も“味わい”のひとつ。そっと床へと目を落とし、「実は…」と教えてくれた。
「リビングの床はふぐのつけた引っ掻き傷だらけで。ふぐと一緒に過ごした結果だから、そのひとつひとつが愛おしいんです」
やわらかい木材を使用したフローリングに、無数の爪痕。そこからは、寺嶋さんとふぐがともに過ごした時間をうかがい知ることができる。きっと、寺嶋さん一家にとってはかけがえのない思い出でもあるのだろう。
ヴィンテージアイテムや古道具、古き良きものの味わい…自分自身の「好き」と、過ごしやすさを掛け合わせた先には、心地よい暮らしが広がっている。のびのびと過ごす寺嶋さんとふぐから、それを教えてもらった気がする。
- Photo/Chie Kushibiki
- Text/Moe Ishizawa
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