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住まいの内と外が緩やかにつながり、人と人とを結ぶ暮らし。
CULTURE 2024.07.08

住まいの内と外が緩やかにつながり、人と人とを結ぶ暮らし。

一級建築士である江頭さんが暮らすのは、東京23区の住宅街。住まいの目の前にある土手の上を電車が走り、ガタンゴトンという音色も、電車が走りすぎる光景も心地いい場所に建つ江頭さんの自宅はコワーキングスペースを兼ね、家族以外の人も出入りする。そんな、一風変わった住まいの形と暮らしを覗きにお邪魔した。

INFORMATION
江頭 豊(一級建築士)
江頭 豊(一級建築士)
えがしら・ゆたか|一級建築士として2017年に独立。独立と同時に京王電鉄井の頭線池ノ上駅から程近い場所にある自宅を新築し、“人とのつながりを大事に育て、広げていく”ことを目的に住まいの1階をコワーキングスペースとして開放する「DOTEMA」をオープン。敷地内には4戸の賃貸物件も併設する。

DOTEMA、それはプライベートとパブリックが曖昧な場所。

江頭さんは一級建築士。私鉄が走る線路沿いに建つ彼の住まいは、ちょっと風変わり。なぜなら、完全なるプライベートスペースはロフトを備えた2階のみ。平日の9時から18時の間、1階は「DOTEMA」と名付けられたコワーキングスペースとして開放され、江頭さん自身の言葉を借りるなら、そこは“プライベートとパブリックが曖昧”な場所

「20年も前からこの場所に暮らしています。ただ、その当初からずっと気になっていたのが、空き家の状態で放置されていた隣家の存在でした。隣が空き家って、ちょっと怖いじゃないですか。防犯的にも良くないし、空き家のままでは率直にもったいない。思い切って隣家の戸を叩き、直談判して土地を購入させて頂いたんです」

江頭さんが空き家の土地を購入したのは2017年のこと。時を同じくして彼は長く務めていた会社を退き、建築士として独立。結婚当初から暮らしていた土地と新たに購入した土地とを合わせ、自宅兼自らの事務所を新築した。

「とは言え、僕はひとり黙々と仕事をするのが苦手な性格なんです。周囲があまりにも静かだと、かえって気が散ってしまって(苦笑)。それなら自分だけの事務所ではなく、みんなと共有できるワークスペースを作ればいいじゃないか、と作ったのが『DOTEMA』。僕自身、平日の昼間はほかの利用者の方に交じって、1階で仕事をしています」

居間と店舗が隣り合わせるような、昔ながらの住まいの形。

コワーキングスペースとして開放された1階は、カフェさながらの面持ち。コンクリートの土間にはゆったりとも、ぎゅうぎゅうともつかない絶妙な感覚でテーブルが配置され、奥には仕事のひと息にぴったりな小上がりも。さらにはカウンターに面して本格的なキッチンを備え、壁面収納には江頭さんが所有する約2000枚ものCDがずらりと並ぶ。

「僕の実家は自宅の居間と店舗が隣り合わせにあるような、昔ながらの米屋なんです。お客さんのほとんどが近所の人であり、買い物ついでに世間話をしていくのが当たり前。家族の暮らしと商売が地続きのような環境で育ったからでしょうか、今の自宅兼コワーキングスペースという形も違和感なく、むしろ僕にとっては自然なことです」

何を隠そう、キッチンも、壁面収納に並んだCDや本も、ここを訪れる人たちとの共用。利用者は自由にキッチンに立ち入っては江頭さんの淹れたコーヒーを注ぎ、彼に声をかければ、気になるCDをBGMに作業をすることもできる。

しかし、18時を過ぎると一転、そこは家族の空間に。それまで利用者が仕事に勤しんでいたテーブルが家族の食卓になり、小上がりに面した壁はプロジェクターの映像を映し出すスクリーンに早変わり。江頭さんは「家族が寝静まった後、このスクリーンで映画を見る時間が何よりの贅沢です」とはにかむ。

ウッドの温もりと、家族の気配を感じられる距離感と。

自宅と共用スペースに明確な区切りがなく、緩やかにつながる暮らし。そんな暮らしを実践する江頭さんの設計だからだろうか。一家のプライベートスペースである2階も、どこか1階の「DOTEMA」に通じるテイスト。ウッドの壁がリラックスムードを漂わせ、そこに暮らす家族はもちろん、ゲストさえも包み込むような温かみがある。

「天井も壁も、木の素材には針葉樹合板を採用しています。針葉樹を選んだ理由はコストを抑えるためではありますが、木の壁はとっても便利。ちょっとしたDIYをすれば、部屋の至るところに収納を作れますから(笑)」

江頭さんは等間隔に並んだ柱のニッチに棚板を設置し、収納ラックを自作。針葉樹合板のナチュラルな表情に無造作にかけられた洋服も、何気なく置かれた雑誌も、さらには息子の晴くんの工作や娘の優ちゃんが描いた絵もよく映える。そして、ウッドの壁に長板を取り付け、江頭さんは子どもたちの勉強机までDIY。

「子どもたちがもう少し大きくなったら“自分の部屋が欲しい!”と言い出すかもしれません(笑)。でも、今は家族の一人ひとりがどこにいてもお互いの気配を感じ取れるような、この距離感が心地いいんです」

人々が集い、子どもが遊ぶ、のびのびと開放的な居場所。

一人ひとりがどこにいても、お互いの気配を感じ取れるような距離感。江頭さんのこの言葉もまた、コワーキングスペースとして開放された「DOTEMA」に通じる。それが戸建てであってもマンションであっても、隣人の顔さえ知らないことが珍しくない今の時代に、自宅と共用スペースが緩やかにつながる場所は新鮮にさえ映る。

「わが家にテーマを設けるとするなら、“プライベートとパブリックが曖昧”な場所でしょうか。このふたつが明確に分かれていることは、防犯上、大切なことかもしれません。ただ、完全に閉じられた住まいは寂しい。昔ながらの家って、家族以外の人とも自然とコミュニケーションが生まれ、おのずと社会性が育まれる場所だったと思うんです」

江頭さんの試みは、息子の晴くんにも、娘の優ちゃんにも伝わっているに違いない。なぜなら、家の内外を曖昧にする「DOTEMA」の土間は子どもたちの遊び場としても機能。そして、線路添いの土手に面して設えられたウッドデッキは家族の庭と利用者の憩いの場を兼ね、その広さ以上にのびのび、開放的な表情を見せている。

  • Photo/Sana Kondo
  • Text/Kyoko Oya
LL MAGAZINE