- 福島 巧也(atelier MATA一級建築士事務所代表)
- ふくしま・たくや|三重県出身。祖父が大工・茅葺職人だったことをきっかけに建築の道へ。故郷に理想の土地を見つけ、2022年に自邸兼事務所を建築。妻の明日香さんと長女の希歩(きほ)ちゃん、次女の彩杜(さと)ちゃんと暮らす。
- Instagram - @_takuya_fukushima_
独立を機に自邸を建築。故郷で出会った理想の土地。
舗装されていない畑の脇道を、少し登っていくと、木々の間に小さな平屋が現れた。家の前には広大な草原が。その広さ、なんと約1800㎡だと言う。建築士・福島巧也さんがこの土地と出会ったのは、2017年のこと。
「不動産サイトで大体のエリアで絞り込んで、広い順に検索をしていったのですが、探し始めて1週間、この場所を見つけ、『ここだ!』と思ったんです」。そう語る福島さんは、祖父が大工・茅葺職人だったことで、幼い頃から「家」に興味を持った。自ずと建築士を志すようになり、大学卒業後は名古屋の建築事務所に就職。結婚後は名古屋で生活していたが、福島さんの独立に合わせて事務所兼自邸を建てようと、2人の地元である三重県で土地探しを始めたと言う。
“自然に囲まれたゆとりある敷地”という2人の理想にぴったりだったこの土地。しかし、最初は不安もあったと福島さんは語る。
「ここ亀山市・加太は、三重県の中でもかなり田舎にある集落です。本当にこんな場所に暮らせるのかなと心配もあったのですが、実際住んでみれば、主要都市の四日市や津、鈴鹿市までは車で30分程度、名古屋や京都にも1時間程度で行くことができます。自然の“素朴”さも都会の“新鮮”な空気も味わいたい僕らにとっては、最高の立地でした」
素朴と新鮮。これは、福島さんが建築士として掲げるコンセプトでもある。
「僕は、田舎の土着的な建築も、都会的なスタイリッシュな建築も好きで。0か100かに振り切るのではなく、懐の大きい、いろんな価値観を自由に行き来できる、柔軟な家づくりをしたいなと思っているんです」
職住を意識した、家の顔。人の集まる24畳のリビング。
この家の顔とも言えるリビングダイニングからも、素朴さと新鮮さ、どちらもが感じられる。土間と板間からなるその空間は、家の面積の半分を占め、その贅沢な間取りのおかげで、24坪の家はとても広々と感じる。
「他の部屋がどんなに狭くなってもいいから、とにかくリビングを豊かに、人がたくさん集まれる場所にしたかったんです」と、福島さん。実際、4人の寝室は3畳しかないと笑うが、妻の明日香さんも「この広いリビングのおかげで、ママ友たちも気兼ねなく子連れで集まれる」と満足そうだ。
リビングの半分を土間、半分を板の間のスペースに分けたのは、建築士らしい空間使いのアイデアから。
「基本的に僕は在宅で仕事をするので、“職住”を分けられる空間にしたかったんです。土間では、業者さんと打ち合わせをしたり、お茶を出したり。板の間では、家族と食事をしたり、遊んだり。というように、空間を使い分けています」
季節の移り変わりを眺めながら、家に包まれる安心感を。
リビングの中央で存在感を放つのが、加太で採れた檜を使った大黒柱だ。構造材も同じく加太産を、床板には県産材を使っていると言う。
「せっかくなら、この土地とのつながりを感じられるような材料を使いたかった」と、福島さん。家のあちこちにも「地元の自然」を感じられる工夫を施した。
外とのつながりを感じられる、と言えば、リビングの南側にある大きな窓。裏庭とも言える雑木林が眺められ、家の中には優しい木漏れ日が差し込む。窓の下半分を壁にしなければ、もっと自然を感じられたのではないだろうか?
「全面をガラスにしなかったのは、あえてなんです。一歩外に出れば存分に自然は味わえますから、家の中では、包まれるような安心感も大事にしたくて」と、福島さん。“解放感と安心感”を自由に行き来できるのもまた、この家の魅力のひとつだ。
「小屋」から「お屋敷」へ。広がるこの家の可能性。
春には桜を、冬には雪景色を眺めながら、福島さん一家は暮らしを営む。「四季を感じながら生活できるって、なんて豊かなことだろうと思うんです」と、微笑む明日香さん。その豊かさは「食」からも感じていると言う。
「周りの農家さんからの頂き物や、地元の食材を使って料理をするのが楽しくて。全然知らない食材もたくさんあるんですよ」
最近ハマっているのが、地元の野菜を使った麹作りだとか。味噌や醤油、コンソメなども手作りし、調味料はほとんど買う必要がないと言う。
「みんなでおいしくご飯を食べるのが、何よりの喜びだし、しあわせ」だと言う明日香さん。庭でピクニックをしたり、友人を招いてBBQをしたりすることも楽しみのひとつだとか。
明日香さんの話を微笑みながら聞く福島さんは、家族との時間が「原動力」だとか。子供が産まれてから、仕事への意識も大きく変化したと語る。
「これまではどちらかというと、きっちりプランを練って設計をしていたのですが、自分に家族ができたことで分かったのは、結局先のことなんてわからないということ。何十年も暮らす家を作る上で大切なのは、変化に対応できるような空間を作ることなんじゃないかと考えるようになりました」
この家の内装をできるだけシンプルに仕上げたのも、そうした理由からだ。
「家具の配置によって、空間のあり方は自由に変えられます。この先、子供の成長にあわせて、インテリアはどんどん変わっていくものと思っています」
「それに、家自体も変わっていくかもしれません」と福島さん。そもそも1800㎡の敷地には、まだまだ余裕がある。
「実はこの場所は、かつて『字御屋敷』という住所だったようで、だからこの家を『御屋敷の小屋』と名付けたんです。この先、子供が成長したり、巣立ったりする中で、将来的に、現在の事務所スペースは子供に譲り、別棟やゲストハウスを建てることも考えています。そうやって変化を続け、結果的にここに『御屋敷』ができたらいいなと、夢見ています」
小さくも大きな可能性を秘めた「御屋敷の小屋」。その物語は、まだ始まったばかりだ。
- Photo/Chie Kushibiki
- Text/Renna Hata
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