自然を感じて味わう。山暮らしとレストラン「DILL eat,life.」|職住一体の家。
山梨県北杜市、南アルプスや北八ヶ岳など山々に囲まれたこの場所に暮らす山戸さん夫妻。東京から移り住み、1階は2人で営むレストラン「DILL eat,life.」、2階が住居という職住一体の暮らしをはじめて10年。自然のリズムに合わせながら、自分たちらしく働き・暮らす2人の住処を訪ねた。
- 山戸浩介/ユカ
- やまと・こうすけ/ゆか|アウトドア輸入代理店勤務だった浩介さんと料理研究家のユカさんは、2013年に東京から山梨県北杜市に移住し、レストラン「DILL eat,life.」を開店。2人が作る、化学的な調味料や保存料不使用のトレイルフードブランド「The Small Twist Trailfoods」も人気。
- Instagram - @yamatokos
山の近くで暮らす。自分たちらしい生活を求めて。
「自分たちらしい生活ってなんだろうと考えた時に、山の近くに住んでしまった方がいんじゃないかと思ったんです。東京を離れても、自分たちなら暮らしていけるんじゃないかって」。そう話すのは、ここで暮らす山戸浩介さん。平日は東京で働き、週末は山で過ごすことが多かった2人にとって、とても自然な選択だった。
料理研究家として活躍する山戸ユカさんとご主人の浩介さんが、東京から山梨県北杜市に移り住んだのは10年前のこと。南アルプスが一望できるこの場所に、地元の食材を使った玄米と野菜を中心としたレストラン「DILL eat,life.」をオープンさせた。
開放的な吹き抜けが気持ちいい1階は店舗に、2階は2人が暮らす住居スペースになっている。
移住のきっかけは、2011年の東日本大震災。もともと都会で暮らしていくことに対して疑問を感じていた山戸さん夫婦。震災を機に、その想いは強くなったという。2人ともアウトドア好きで週末には山梨を訪れていたことと、「東京以外の場所にお店を出したい」というユカさんの想いもあって、思い切って東京を離れることを決意。25年前北杜市に移住したユカさんのご両親が所有する敷地の一角に、店舗兼住宅を構えた。
ロッジのように自然の中に溶け込む建物は、移住のタイミングで建てたもの。店内に光がたっぷりと入るように、2面に大きな掃き出し窓をつけた。木と白を基調とした内装に、窓の外に広がる木々の緑が映えて、まるでインテリアの一部のようだ。
素材の良さが生きたシンプルな料理と、心地よい空間でもてなす。
営業日の朝は、6時ごろに起きると1階に降りて、デッキから南アルプスを眺めるのが2人の日課。温度計で今日の気温をチェックして深呼吸。そして、お湯を沸かしてお茶を淹れる。
「朝起きたら窓を開けて、お茶を淹れる。東京で暮らしていた時と朝のルーティンは変わらないけれど、見える景色のスケールが全然違います。毎日豊かさを満喫しています」とユカさん。
7時半にご飯を食べたら、9時前から開店準備が始まる。
東京以外の場所でお店をしたいという想いが強かったユカさん。「ここでは、何より生産者さんに近いし、良い素材が手に入る。そして水もすごくおいしい」という言葉にその答えがあった。野菜や卵、魚などほとんどの食材を契約している生産者から、その時に採れる旬のものを直接届けてもらっている。そして、その日届いた食材を見てメニューを考える。
「料理では、素材そのものの味を引き出すことを大切に。それに敵うものはないと思うんです。それは素材が良くないとできないこと。私は届いたものを調理するだけ。東京にいた頃よりも、小細工しない、シンプルで素直な料理になりました」
北杜市までは、東京から車で約2時間。アウトドアや別荘で過ごすことを楽しむために人が集まる。「DILL eat,life .」にも、シーズンごとに年に数回足を運ぶ方や季節問わず通う地元の常連客もいるという。
「常連さんは、それぞれお気に入りの席があるんですよ。カウンター好きな方は、おしゃべりがしたくて来てくれる方が多い。逆にひとりの時間を楽しみたい方はテーブル席でゆっくりとされています。10年間、毎週末欠かさず来てくださる方も。ひとりの時間を楽しみたいからと、特に僕たちと会話をするわけでもなく、外が見えるお気に入りの席に座って、コーヒーを飲みながら日記を書いて過ごされます」
心地よく作り上げた空間で、それぞれの楽しみ方で過ごすお客さまを眺める時間も、ここでの楽しみのひとつだという。
レコード、アート、インテリア…。好きなものに囲まれて。
休憩時間には、レコードをかけて音楽を楽しんでいる浩介さん。もともと音楽好きではあったけれど、コロナ禍に家で過ごす時間が増えたことで、音楽を聴いて過ごす時間がより増えたという。さまざまなジャンルの音楽を聴いてきたけれど、最近はジャズを聴きながらリラックスすることが多い。店舗と住居をつなぐ階段は、あえてオープンに。階段下には、浩介さんが集めたレコードがぎゅっと収納され、インテリアのひとつにもなっている。
「以前は、毎週のように山登りやクライミングに行っていたけれど、最近は休みがなかなか取れなかったり、家で過ごす時間も増えたりして、また音楽への熱が再燃しています」
「必要最小限の物だけで十分」というユカさんとは対照的に、好きなものを追求して物選びに妥協しない浩介さんは、どんどんと物が増えていく。レコードだけでなく、壁に飾られたアートや照明などのインテリア、店内に置かれた植物や雑貨などひとつひとつ、浩介さんがこだわり抜いて選んだものばかりだ。
「もともと古いものが好きなんです。家具や雑貨、古着、レコードも。内装にもヴィンテージアイテムを要所要所に取り入れています。特にテーマはないけれど、ベースにあるのは自分が好きなものや落ち着くもの。単体で良いと思っても違和感があれば置かないようにしています。全体で見て自分らしい世界観になるように」
「店舗と自宅が繋がっているからこそ、線引きせず混ざっている感じもいいんです。家に遊びに来た感覚で、ご飯を食べる間だけでもリラックスしてくつろいでもらえたら良いなと思っています」
好きなことはとことんやる浩介さんは、コロナ禍で休業した際、DIYでロフトを作った。もともと天窓があった住居スペースに屋根裏部屋のようなロフトを作ったことで、天窓が近くなったとユカさんは喜んでいる。
「寝ながら星が見えますよ。先日の皆既月食の時には、水田の方まで見に行ったんですが、帰って寝ようとしたら天窓からも見えて(笑)。なんて贅沢なんだろう」
以前は全部吹き抜けで住居スペースが見えていたが、2階にも壁を張り店内の景色にまた変化が生まれた。「壁は、クライミングのロープを使って宙吊りになって貼ったんですよ(笑)」自ら手を動かしながら、日々心地いい空間を作り上げている。
自然のリズムに合わせて暮らす。山暮らしの味わい方。
仕事でも休日でも一緒に過ごす山戸さん夫妻。時間があれば2人の共通の趣味であるアウトドアを楽しんでいる。
「最近は休みが取れなくてあまり行けていないのですが、休日は山に行ってクライミングをしたり、散歩に行ったりして過ごします」
山に近い暮らしが、2人にとって自分たちらしい暮らし方であり、それも移住した理由のひとつだった。「休日は、妻はビールでぼくはコーヒーを飲みながら、デッキでくつろいだり、ギアのメンテナンスをしたり。休日は店舗もリビングの一部になっています」
休日や早く仕事が終わった日、山に行く時間はないけれど、ちょっと外に出たい気分の時は庭でよく焚き火をする。友人を招いて火を囲んでくつろいだり、焚き火料理を楽しんだり。「南アルプスを見渡せるここからの景色が一番好き」だという2人は、山暮らしを満喫しているようだ。
陽が昇って沈んで、時間を追うごとに景色が変わる。その違いを日々感じられることは何よりの幸せだという。
「自然のリズムに沿った暮らし方をしているので、夕方になると暗くなるのは当たり前。冬場は16時半くらいにはもう暗いんですよ。日が長くなったなとか、曇っているなとか、雨が降ってきたなとか。ここで暮らしていると、自然をダイレクトに感じることができますね」
10年経った今でも、暮らしのなかで日々この場所の豊かさを噛み締めているという浩介さん。「朝起きても思うし、夕方陽が落ちる瞬間もすごくきれいで見るたびにそう感じます。冬の山の景色が好き。陽が落ちるのを眺めながら、今日もいい日だったなとしみじみ思っています」
仕事と暮らしが繋がる。自分たちらしいやり方でこれからも。
職場と住居の境がないことで気になるのが、オンオフの切り替え。
「主人は最初、職場と住居が一緒なのを嫌がっていました。通勤する間に気分の切り替えをしたいからって。私はお酒を飲んじゃえばすぐオフになるタイプだから、どこでも大丈夫なんですが(笑)」と笑うユカさん。そして、「オンオフの切り替えは自分次第」とも。
「実際にやってみると平気でした。今では通勤するなんて考えられない。2階に上がってソファに座ると、不思議とオフになるんです」。浩介さんも、すっかり職住同居の暮らしが気に入っている様子。営業時間が終わったら、店舗で夕食を食べる。休日や営業時間外は、店舗がダイニングに、2階がリビングになるという。
「仕事と暮らしが繋がっていて、自然とこの暮らしに働き方も合うようになってきていると思います。お客様がいる時は、仕事中という意識はあるけれど、片付けをしながら徐々にプライベートになっていく。分けて考えていないんです。通勤して、仕事して、帰宅するという東京での暮らし。それが、ここではすべてが一緒。自然に自分たちらしいやり方で10年やってきたし、これからもそうしていきたいと思っています」
「ここでは仕事というより、薪割り、庭の草刈りなど生活するためにやるべきことがたくさんあります。都会なら誰かがやってくれていることでも、自分たちでやらないといけないので、そういう意味では忙しい。それを楽しめるかどうかですね。業者に頼むこともあえて自分たちでやることで楽しいし愛着が湧くんです」
ここでの暮らしは、昔から日本人が生活の知恵として培ってきたようなことを、体感できるような場所だと話す浩介さん。自分たちらしい暮らし方を求めて辿り着いた移住という選択。仕事と暮らしが隣り合わせというこの形も、山戸さん夫婦らしい暮らし方のひとつなのだろう。
- Photo/Takahiro Kikuchi
- Text/ Hitomi Takano
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