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セルフビルドの実験的住まい。模索する“住”のかたち。
OUTDOOR 2024.04.04

セルフビルドの実験的住まい。模索する“住”のかたち。

鹿児島県の山間部のふもと。遠くに桜島を望む緑豊かな場所に、住宅・店舗のデザインや家具製作を行う「DWELL」代表・川畑健一郎さんの自宅と工房がある。妻と愛犬、ニワトリたちと仲良く暮らし、テラスの食卓では庭で採れたハーブや新鮮な卵を使った手料理を楽しむ日々。「夢のような暮らしだなぁ」とポロッと漏れそうな心の声を抑えつつ、川畑さんの考える豊かな暮らしについて迫っていきたい。

INFORMATION
川畑 健一郎(家具職人)
川畑 健一郎(家具職人)
家具職人としてキャリアをスタートし、「Playmountain」の家具製作を多数手がけ、地元のハウスメーカーに6年在籍。2016年に独立し、家具の製作から住宅・店舗などのデザイン企画まで、暮らしにまつわることを提案する「DWELL」を主宰。外と室内を繋ぐテラスなどの半外空間を「GOOD-TIME PLACE」と称し、その心地良さや施工事例をInstagramで発信する。

心地良さを求めたトライアル&エラーの繰り返しで今がある。

大きな屋根に剥き出しの鉄骨、古木の外壁。無骨さと温かみが混ざり合う川畑さんの自宅。もともと工房兼アトリエとして建てられた建物で、セルフビルドを繰り返しながら今の形に進化したという。意外にもシンボリックな屋根や外に繋がる土間のダイニングは後付けで、竣工当時は家庭菜園もなかったとか。

「ここに住み始めた19年前は息子たちも小さくて、家族4人暮らしでした。住居として快適に暮らせるように、まずはベランダに屋根をつけ、その後に下屋をテラスとして活用し始めたんです。そこで食事をしたり、友人をもてなしたり、家庭菜園にも力を入れたり、住居の形や使い方を変えることで“住む”という行為に豊かな時間が加わっていきました」

一気に改築したのではなく、あちこちでさまざまな試みを行い、その時々の生活に合わせて必要なモノを足していった。ちょっとずつ、できる範囲で。

今では庭に多彩な樹木が育ち、コンテナファームで育つレモングラスやカモミール、ミントなどのハーブも元気いっぱい。畑の堆肥小屋は、3年前から飼い始めたニワトリの小屋にカスタマイズ。その向こう側には、半屋外で楽しめる五右衛門風呂もあるのだとか。

「烏骨鶏がさっき産気づいたから、これから卵を産むかも! よかったらこの後、ここで食べていきませんか?」
そうにっこりと微笑み、川畑さん夫妻は庭に面するキッチン&ダイニングへと案内してくれた。

コンパクトでも、人が集まる住空間があればしあわせ。

幼かった子供たちもすっかり大人になり、巣立ってからは夫婦2人暮らしに。「居住スペースは必要なモノだけをコンパクトに」とメインフロアを1階に移し、現在は増築したキッチン&ダイニングスペースと隣の部屋で1日の大半を過ごす。もちろん愛犬・ロイドくんも一緒。

「増築したテラスにダイニングテーブルを置いて食事をしてみたら、思った以上に気持ち良くて。それからキッチンや家具、什器類を増やし、雨風をしのげるように壁や窓、扉などを施していきました。ここも日進月歩の空間で、実験的な工事を繰り返して今に至ります」

最初は吹きさらしだったテラスに生活動線を取り入れて、徐々に快適な土間へとアップデート。第2のダイニングがいつしかメインの空間になり、ゲストをもてなすパブリックスペースとしても大活躍している。

「土足で行き来できるからゲスト側もかしこまらずに済むし、私たちもプライベートな居住スペースよりここの方が気楽です。初対面の人も一緒に自宅でごはんを食べるとギュッと距離が近づきますし、友人ともより深く交流ができます。ここができてから人が遊びに来てくれる機会が増えて、妻の手料理を喜んでもらえるのもうれしいですね」

大きな開口部からは太陽の光が燦々と入り、外とのつながりを感じられるので自然と心がオープンになっていく。キッチンに立つ奥様の夕さんが淹れてくれた自家製ハーブティーのおいしさにも癒され、初めましての緊張感はどこへやら。

快適な住環境を整えながら“時間の質”に目を向ける。

テラスの隣には、6×7mほどの居住スペースが広がる。テーブルやデスク、ベッドフレームなどの家具はすべて川畑さんが製作したモノで、什器の高さ、サイズ、レイアウトなど、全体のトーンがしっくり馴染んでいる。最近導入したパネルヒーター「PS HR-C」も、縦格子が空間のアクセントになって相性ばっちり。

「視覚的な美しさも大切だけど、温熱環境も快適な暮らしに欠かせない重要なポイントです。僕が試して良かったと感じるこのヒーターは、輻射熱で冬は体の芯からポカポカ、夏は冷水が流れてひんやり。無風・無音で肌へのストレスやノイズがないのも魅力的。あと、豊かな暮らしには良質な音も大切だと感じています。無駄な生活音のない環境でアナログレコードをかけると、美しい世界に没入できますよね。温熱環境、改め“音熱環境”が、僕の中で今1番アツいトピックです」

セルフビルドの実験的住まい。試して模索する“住”のかたち。

ベッド奥のドアの先には、2階へ続く階段が隠れている。

セルフビルドの実験的住まい。試して模索する“住”のかたち。

大きな窓からはテラスの日差しが降り注ぐ。

自分が心地良いと感じる生活ルーティンを、いかにストレスなくやっていくか。その答えは年齢や経験、ライフステージに応じて変わっていく。だからこそ川畑さんは、常に住みやすさと快適さを追求し続け、新しい機器の導入や模様替えにも意欲的。「面倒な家事や作業はある程度機械に任せて、その間に僕らはやりたいことに集中し、必要なモノゴトに目を向けるゆとりを確保したいですよね」と、家で過ごす“時間の質”も日頃から模索している。

今できることをとことん実行する“実験的営み”。

2階は数年前まで川畑さん一家が住んでいた2LDK+ロフトのプライベート空間。子供たちの独立をきっかけに、川畑さん夫妻は居住スペースを1階に移したので、今は2階の大部分が空き部屋に。そこで着々と進行しているのが、民泊施設化計画だ。

「子育てが落ち着いて夫婦2人暮らしに戻ると、家の中に使わない部屋が出てきますよね。そんなスペースを活用し、収入に変える仕組みを作るのも我々世代に有効な手段。まずは自分で実践してみて、システムや手応えを確かめるつもりです」

個室には、数年前から川畑さんがハマっているというテント式サウナを設置。ゲストはサウナで汗を流し、隣の浴室で水風呂、そのまま外気浴スペースのベランダへ。泊まりながらオリジナルの家具を体感できるうえに、奥にそびえ立つ桜島を眺めながら“整う”を満喫できるなんて至れり尽くせり。

そして、2階奥には「自分の部屋が欲しい」と言う夕さんの希望を叶えた部屋も用意。屋根裏風の作りで、壁の内装工事前のタイミングも相まって、ちょっぴり秘密基地っぽい佇まい。

「自宅全体が実験棟になっているんです。1階の住居スペースはグラスウール、2階のこの部屋はセルロースファイバーを使用し、いずれも自然素材の断熱材だけどそれぞれの良し悪しを住みながら確かめているところ。こんな感じで、いまだにコツコツと家づくりを続けています」

良いモノを取捨選択し、引きで捉える住空間の美学。

川畑さんが主宰する「DWELL」は、オーダー家具の製作から始まった。「自分が作った家具と住空間が調和する光景を見て、家づくりの楽しさを体感したんです。それから、居心地の良い家と豊かな暮らしへの興味がだんだん強くなり、住環境やライフスタイルを含めた“暮らし”の提案をするようになりました」と川畑さん。

セルフビルドの実験的住まい。試して模索する“住”のかたち。

自宅に隣接する工場でオリジナルの家具を製作する。

「良い家具があれば、空間自体は“シンプルな箱”でOK。中をどうレイアウトし、どう使いこなすかが大事。例えば、心地良い素敵な部屋を作りたいなら、室内から外を、また外から室内を見て、そのときに視界に入るモノや全体の佇まいに意識を向けてみて。モノゴトを引きで見ると、要る・要らないの気づきやバランス感など、いろいろな発見がありますよ」

たしかに、良い家具を置くならあらゆる角度からその姿を愛でたいし、ちゃんと触れて使いこなしたい。そう思うと、川畑さんが頻繁に行う模様替えは単なる実験的模索ではなく、住空間を多面的に楽しむ行為そのものなのかもしれない。

目指すのは、のびのびと暮らす「終の棲家」。

家や庭の在り方・使い方を都度確かめ、模様替えからセルフビルドまで“実験”を絶えず繰り返し、豊かな暮らしを探求し続ける川畑さん。家でどう過ごし、どう暮らすかは永遠のテーマだろうが、今ご本人が目指している暮らしとは?

「『終の棲家(ついのすみか)』にふさわしい暮らしですね。子育てがひと段落したら、自分の時間や夫婦の時間をどう楽しむかを考えるようになりました。そんなときに半外空間でごはんを食べて、お酒を楽しんだり、仲間と語らったり、庭で自然を感じながらお風呂に浸かったり、室内では上質な温もりと音に包まれながら晴耕雨読の日々を過ごしたいです。無理なく快適に、心が満たされる暮らしを僕自身も送っていきたいですし、それを仕事として提案していたいですね」

外と内の暮らしを楽しみ、人を迎え入れる集いの場所を家の中心に作る。そういった住まいの特徴やスタンスは変わらないけれど、これからもきっと機能やかたちはアップデートされていくだろう。川畑さんを見ていると、住まいは暮らしであり、生き方そのものだなとつくづく思う。いつの日も実験を楽しみ、自分らしい棲家を作り続ける暮らしに注目したい。

  • Photo/YUKI KATSUMURA
  • Text/MAIKO SHIMOKAWA
LL MAGAZINE